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腕時計史 · 縦糸 / THREAD — 地域別 / Region
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スイス時計産業の通史

宗教改革下のジュネーブに芽生え、ジュラの分業が支え、クォーツ危機の崩壊を高級化で乗り越えた——スイス時計産業の歩みをたどる。

§ 00 Summary

スイス時計産業は、16世紀半ばのジュネーブに始まる。カルヴァンの戒律が華美な装飾を禁じ、金細工師らが時計づくりへ転じた。17世紀以降、職人はジュラ山脈へ広がり、部品を分担して作るエタブリサージュが量産の基盤となった。19世紀には米国の機械化に押されたが、生産の近代化と、天文台コンクールに象徴される精度文化で巻き返し、第二次大戦後に世界市場を広く占めた。1969年のクォーツ腕時計登場は機械式産業を直撃し、雇用は激減する。だが1983年のASUAGとSSIHの合併、スウォッチの投入を経て産業は再生し、現在はグループ化と高級路線で価値を保っている。

§ 01 Overview

16世紀半ば、スイス時計産業はジュネーブで芽生えた。宗教改革者ジャン・カルヴァンの影響下で華美な装飾品の着用が戒められ、金細工師や宝飾師は仕事を失った。彼らは、実用品として許された時計づくりへ技を転じる。フランスの宗教対立を逃れたユグノーの職人も流入し、装飾と機構の技術が結びついた。サン=ジェルヴェ地区には数百人の職人が集まったと伝わる。16世紀末にはジュネーブは時計の街として知られ、1601年には時計師組合が組織された。現存する記録では、これは世界で最初の時計師組合とされる。

17世紀以降、ジュネーブの職人は増えすぎ、多くがジュラ山脈の谷へ移った。ヌーシャテル地方では、ダニエル・ジャンリシャール(1665-1741)が分業による生産方式を広めたと伝わる。部品ごとに作り手を分け、農民が冬の農閑期に自宅で部品を仕立てる。この仕組みはエタブリサージュと呼ばれ、ラ・ショー=ド=フォンやル・ロクル、ヴァレ・ド・ジューを時計づくりの中心地に育てた。18世紀末のジュネーブは年に6万個を超える時計を輸出していた。分業は生産量と標準化を押し上げ、19世紀半ばにはスイスは年間200万個を超える時計を作るに至った。

だが量は質を伴わなかった。19世紀半ば、ウォルサムやエルジンなど米国のメーカーが、互換部品による機械化生産で精度の高い時計を安く供給する。米国市場でスイス製は粗悪品と見なされ、輸出は大きく落ち込んだ。ロンジンのジャック・ダヴィッドらは米国の工場を視察し、危機を認識する。スイスは家内工業から機械化へ舵を切り、部品の標準化を進めた。1868年にはシャフハウゼンで、米国人ジョーンズがスイスの技術と米式生産を結ぶIWCを創業している。

工業化と並行して、スイスは精度を競う文化を育てた。ジュネーブとヌーシャテルの天文台は、19世紀から時計の精度試験を行い、やがてコンクールへと発展する。試験は数十日に及び、合格した個体には公式の証明書が与えられた。各社は競技用の特別な機械を仕立て、技を磨いた。物理学者シャルル=エドゥアール・ギヨームによる温度補正合金の発明も、精度の追求を後押しした。この精度への執着は、後のクロノメーター認定文化の土壌となる。1968年にセイコーがコンクールで上位を占めると天文台の競技は終わりへ向かい、1973年に標準化された認定機関COSCが設立された。

20世紀前半、スイスは中価格帯で品質の高い時計を武器に米国市場を取り戻した。1930年代の不況や二つの大戦を経ても、中立国として生産を続けられた利点は大きい。戦後、競合する各国の生産基盤が打撃を受けるなか、スイスは機械式時計の世界市場を広く占めた。自動巻、防水、耐磁、耐震といった技術が出そろい、ツールウォッチや高級機の体系が整ったのもこの時期である。

転機は1969年に訪れた。日本のセイコーがクォーツ腕時計アストロンを発売し、機械式をはるかに上回る精度を、やがて安価に実現していく。スイスは機械式に固執し、対応が遅れた。1970年から1983年にかけて、スイスの時計関連企業はおよそ1,600社から600社へ減る。雇用も1970年の約9万人から1988年には約2万8千人へと落ち込んだ。世界輸出に占める割合も大きく下げ、産業全体が存続の危機に立たされた。これがクォーツ危機である。

再生は経営の統合から始まった。コンサルタントのニコラス・ハイエックは、二大グループのASUAGとSSIHの合併を提言する。1983年に両社は合併し、後にスウォッチ・グループとなる新会社が生まれた。同年に投入されたスウォッチは、部品をおよそ51点に絞り、自動化された生産で安価に作られた。低価格で高品質という提案は、産業に資金と時間をもたらす。ハイエックは1985年に過半数の株式を取得し、ブランパンやブレゲなど機械式の名門の再興にも乗り出した。

1990年代末以降、ブランドは大きなグループへ集約された。現在はスウォッチ・グループ、リシュモン、LVMHの三大グループに、独立を保つロレックスやパテック フィリップ、オーデマ ピゲなどが並ぶ。2017年にはスイス製の定義が厳格化され、製造原価の6割以上をスイスに置くことが求められた。近年は数量より単価を重んじる傾向が強まり、輸出本数が多年来の低水準まで減る一方で、高級機が価値の中心を占める。危機と再編を繰り返してきたスイスは、今は機械式の文化的価値を軸に立つ。

§ 02 Milestones on this thread
1735 ブランパン創業を称する 市 1755 ヴァシュロン・コンスタンタン創業 市 18C エタブリサージュの成立 市 1832 ロンジン創業 市 1839 パテック フィリップ創業 市 1848 オメガ前身創業 市 1853 ティソ創業 市 1860 ホイヤー創業 市 1865 ゼニス創業 市 1868 IWC創業(シャフハウゼン) 市 1868 パテック コスコウィッツ伯爵夫人の腕時計 意 1875 オーデマ ピゲ創業 市 1880 GP 独帝国海軍向け腕時計 市 1900頃 オメガ・ロンジン等の腕時計進出 市 1905 ロレックス創業(ロンドン) 市 1910 ロレックス 腕時計のクロノメーター認定 技 1926 ロレックス オイスター(防水) 技 1927 グライツの英仏海峡横断 市 1931 ロレックス パーペチュアル(360度ローター) 技 1931 ジャガー・ルクルト レベルソ 意 1932 オメガ マリーン 技 1933 パテック スーパーコンプリケーション 技 1945 ロレックス デイトジャスト 技意 1948 IWC マーク11 技 1953 ダイバーズ誕生(サブマリーナ/フィフティ ファゾムス) 技 1953 ロレックス エクスプローラー(エベレスト) 市 1954 ロレックス GMTマスター 技意 1954 IWC インヂュニア 技 1956 ロレックス デイデイト 意 1956 ロレックス ミルガウス 技 1957 オメガ トリロジー(スピマス/シーマスター300/レイルマスター) 技意 1962 ラドー ダイヤスター(硬質素材) 技意 1963 ロレックス コスモグラフ デイトナ 意市 1965 NASA スピードマスター正式採用 市 1967 ロレックス シードゥエラー 技 1969.1 ゼニス エル・プリメロ 技 1969.3 キャリバー11(クロノマチック) 技 1969.7 アポロ11号 月面のスピードマスター 市 1971 ロレックス ヘリウムエスケープバルブ 技 1972 AP ロイヤルオーク 意市 1976 ノーチラス/インヂュニアSL(ジェンタのラグスポ) 意 1980 クォーツショックとスイス産業再編 市 1983 スウォッチ誕生 市 1985 TAG ホイヤー買収 市 1986 AP 世界最薄自動巻トゥールビヨン 技 1989 パテック キャリバー89 技 1991 フランク・ミュラー創業 市 1992 ユリス・ナルダン 天文三部作 技 1999 オメガ コーアクシャル実用化 技 1990s末 ブランドのグループ化 市 2000 フィリップ・デュフォー シンプリシティ 技 2001 リシャール・ミル創業/RM 001 技市 2001 ユリス・ナルダン フリーク(シリコン脱進機) 技 2005 パテック シリンバー(シリコン部品) 技 2013 オメガ >15,000ガウス耐磁 技 2017 ポール・ニューマン デイトナ落札 市 2019 グランドマスター・チャイム落札(当時の最高額) 市 2021 パテック 5711 製造終了 市 2022 MoonSwatch(オメガ×スウォッチ) 意市 2022 認定中古(CPO)の制度化 市 2023 ロレックス ブヘラ買収 市
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