リシャール・ミル創業/RM 001
貴金属や伝統ではなく、工学と素材が価値を生む——2001年のRM 001は、高級時計の価格と意匠の前提を21世紀に向けて書き換えた。
概要
Overview2001年、リシャール・ミルとドミニク・ゲナはバーゼルワールドで初作RM 001トゥールビヨンを発表した。ミルはマトラやモーブッサンで時計事業を率いた経歴を持ち、F1や航空の工学思想を腕時計へ持ち込むことを構想した。手巻きトゥールビヨンの設計はオーデマ ピゲ系のルノー・エ・パピが担い、機構は前後から透けて見えるスケルトン構造に収められた。トノー型ケースと耐衝撃を重んじた設計、そして6桁ドルに及ぶ価格は、当時の高級時計の常識から外れていた。素材と工学を価値の根拠に据えるこの一作が、以後のブランドの方向を定めた。
背景
Background1990年代、機械式時計は復権しつつあった。クォーツ危機を経たスイス産業は、複雑機構や手仕事を価値の核に据えて高級路線を再建していた。もっとも、高い価格を支えるのは依然として金やプラチナといった貴金属、宝石、そして長い歴史であることが多かった。1972年のロイヤルオークがステンレスの高級時計という発想を示してはいたが、価値が素材の貴さや伝統と結びつく構図は根強かった。
リシャール・ミルは1951年に南仏ドラギニャンで生まれ、フィンオール、マトラ、モーブッサンで時計事業に携わった。モーブッサンでは時計部門を率い、時計製造会社を営むドミニク・ゲナと協働した経験を持つ。両者は自動車や航空への関心を分かち合い、1990年代末に独自の時計づくりへ動き出した。
狙いは明快だった。F1や航空に通じる素材と設計の精度を腕時計へ持ち込み、製造費を制約と見なさずに作る。1999年に両者は会社オロメトリーを設立し、複雑機構に長けたルノー・エ・パピを技術面に迎えた。同社はオーデマ ピゲの傘下で高級ムーブメントを手がける専門家であり、その知見が初期の設計に注がれた。
出来事
The Event2001年、リシャール・ミルはバーゼルワールドで初作RM 001トゥールビヨンを発表した。手巻きの機械式で、調速機にはトゥールビヨンが据えられた。当時トゥールビヨンは繊細で日常の使用には向かないと見られていたが、ミルはこれを堅牢な実用機構として示そうとした。会場の裏で、彼は時計を床へ投げて衝撃に耐える様子を来場者に見せたと伝えられる。
ムーブメントの設計はルノー・エ・パピが担った。耐衝撃のため、トゥールビヨンの受けはF1マシンのサスペンションアームを思わせる形に設計し直されたという。ケースは曲面を描くトノー型で、文字盤側にもケースバックにもサファイアを用い、機構が前後から透けて見える。スケルトン構造ゆえに、各部品は高い水準で仕上げる必要があった。
地板には、開発と費用の都合からまず洋銀が選ばれたとされる。表面には黒いPVD処理が施され、当時の時計づくりでは珍しい手法だった。チタン地板はこの試作期の途中で導入され、以後ブランドの標準となったとされる。ケースはプラチナや赤金で仕立てられたと伝わる。時と分は2針で示され、動力残量を示す表示が文字盤に添えられた。巻上げと針合わせを切り替える機能表示は、後継のRM 002から加わったとされる。
RM 001は量産品というより試作的な少数のシリーズで、17本ほどが作られたとされる。発売時の価格は約13万5,000ドルとされ、新興ブランドの初作としては異例の高さだった。
意義
SignificanceRM 001は、金や宝石ではなく素材と工学そのものを価格の根拠とした。航空やレースに由来する素材を持ち込み、軽さと堅牢さを価値として打ち出す姿勢は、以後のブランドに受け継がれていく。
技術面では、地板や受けを金属の塊から削り出し、エンジンブロックを思わせる加工を施す手法が定着した。ただし機構内部にチタンを用いる工程は難しく、当初は歩留まりの低さに悩まされたという。ケースだけでなく先端素材を機構内部にまで用いる姿勢は、続くRM 002以降のカーボン採用などへ受け継がれていく。貴金属からステンレス、チタン、セラミックへと広がってきた時計素材の流れに、航空・自動車に由来する材料という新たな筋が加わった。
市場の面でも影響は大きかった。新興ブランドが初作に6桁ドルの価格を付けたことは、価格の水準そのものを揺らした。ミル自身は数十本を売る程度と見込んでいたが、反響は予想を上回った。少数生産による入手難と、後年の競技者やセレブリティを通じた露出が、製品の希少性と結びついて独自の市場を形づくった。クォーツ危機後に高級路線を再建したスイス産業のなかで、リシャール・ミルは価値と価格の関係を問い直す存在となった。