ロレックス シードゥエラー
潜水時間が延びるほど、守るべき時計の内部にヘリウムがたまっていく——その難題に応えてシードゥエラーは生まれた。
概要
Overview1967年、ロレックスは飽和潜水のための腕時計シードゥエラー(Ref.1665)を発表した。1953年に確立した潜水用腕時計も、長時間を加圧室で過ごす飽和潜水には対応しきれなかった。ヘリウムガスは微細な原子で、ケースの隙間から内部へ少しずつ侵入する。浮上時の減圧で内部の圧力が抜けきらず、風防が外れる事故が起きていた。シードゥエラーは、たまったヘリウムを減圧時に逃がす排出弁を側面に備えてこの問題に応えた。開発には潜水会社コメックスが関わったと伝えられる。防水は610mに及び、プロの潜水士のための実用機として送り出された。
背景
Background1953年前後に確立した潜水用腕時計は、回転ベゼルとねじ込み式の防水ケースで水中の実用に応えた。だが1960年代に入ると、潜水の様式そのものが変わる。海底資源の開発や海洋調査が広がり、潜水士はより深く、より長く水中で働くようになった。
その手法が飽和潜水である。潜水士は加圧された居住室で数日から数週間を過ごし、体内をヘリウムで飽和させた状態で作業を繰り返す。呼吸ガスにはヘリウムを多く含む混合気が使われた。ヘリウムの原子はきわめて小さく、防水ケースのわずかな隙間からも内部へ入り込む。加圧室にいる間、時計の内側と外側の圧力は釣り合っているため、侵入そのものは作動を妨げない。
問題は浮上時に起きた。減圧で室内の圧力が下がると、ケース内にこもったヘリウムが膨張する。逃げ場のない気体は最も弱い接合部、すなわち風防とケースの境目を内側から押し上げる。通常のサブマリーナでは、風防が勢いよく外れる事故が報告された。水を防ぐ設計では、内側からの圧力に対処できなかった。
出来事
The Event1967年、ロレックスは飽和潜水に対応する新型としてシードゥエラー(Ref.1665)を世に出した。基本構造はサブマリーナのオイスターケースと回転ベゼルを受け継ぎつつ、より深い水圧に備えてケースを厚くした。防水は610m(2000ft)を公称する。ムーブメントはCal.1575、風防にはアクリルを用いた。
中心となる新機軸は、ケース側面に組み込まれた排出弁である。これはばねで保たれた一方向の弁で、内部の圧力が外部を一定以上上回ると自動的に開く。潜水中にたまったヘリウムを減圧時に外へ逃がし、圧力が釣り合えば再び閉じて防水を保つ。水の侵入を防ぐ従来の発想に、内側の気体を逃がすという逆の機能を加えたものだった。
この弁の着想は、米海軍で飽和潜水を先導した潜水士ロバート・バースに帰されることが多い。実際の弁の設計にはロレックスの技術者が当たったとされ、発案と設計の帰属には諸説がある。弁の特許は1967年11月にスイスで出願され、1970年に認められた。4月から6月に作られた初期の個体には弁を持たないものがあり、機構が後から加えられた経緯がうかがえる。
開発の過程では、フランスの潜水会社コメックスとの関わりも伝えられる。同社向けには弁を備えたサブマリーナ(Ref.5514)が少数供給され、実地の試験に用いられた。一般向けの本格的な販売は、弁の熟成を待って1967年の発表から数年後に始まったとされる。
意義
Significanceシードゥエラーの意義は、潜水用腕時計の対象をプロの飽和潜水士へと広げた点にある。1953年のダイバーズが趣味と軍の潜水に応えたのに対し、この一本は産業潜水という新しい現場に向けられた。排出弁は以後シードゥエラーを定義する機能となり、深海仕様の系譜を貫いて受け継がれていく。
技術として見れば、排出弁は防水の考え方を一段押し広げた。水を遮るだけでなく、内にこもった気体を制御して逃がす——この双方向の発想が、飽和潜水に耐える時計の前提になった。弁は既存のオイスターケースに組み込めるため、ケースを一から作り直さずに極限の潜水へ対応できた。後継のRef.16660ではサファイア風防とともに弁が大型化され、防水も1220mへ引き上げられている。2008年にはこの系譜からディープシーが派生し、防水はさらに深い領域へ伸びた。
当初は潜水会社や軍の現場に向けた道具だったが、やがて一般にも市販された。排出弁そのものは、限られた現場でこそ要る機能であり、量産品が等しく必要とするものではない。それでもこの仕組みは、深海対応のダイバーズが備える標準的な装備として定着していく。その確立と業界全体への広がりは、本史の別項で改めてたどる。