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腕時計史 · MILESTONE — 第5章 クォーツ革命とクォーツショック
1969.3

キャリバー11(クロノマチック)

全回転ローターと計時機構が奪い合う背面の空間を、マイクロローターで解いた——4社連合が1969年に示した自動巻クロノグラフの一つの解である。

§ 00 Overview

1969年3月3日、ホイヤー、ブライトリング、ハミルトン=ビューレン、デプラの4社連合が、自動巻クロノグラフのムーブメント、キャリバー11を発表した。クロノマチックとも呼ばれる。腕時計のクロノグラフは20世紀初頭からあったが、長く手巻きにとどまっていた。自動巻のローターと計時機構が、背面の同じ空間を奪い合うためである。連合はビューレン製のマイクロローター自動巻を土台とし、その背面にデプラの計時モジュールを重ねるモジュール式でこの難題を解いた。同年には別の2陣営も自動巻クロノグラフを世に問うており、どこが最初かをめぐる議論は今も決着していない。

§ 01 Background

腕時計のクロノグラフは、20世紀初頭にはすでに存在していた。経過時間を計る秒針を、文字盤上で発進・停止・復針できる複雑機構である。スポーツや軍事、科学の現場で重宝され、専用の押しボタンを備えた腕時計が各社から供給されていた。ただし、その動力はいずれも手巻きであった。

一方、リューズを操作せずにぜんまいを巻く自動巻は、1920年代以降に腕時計で実用化が進んだ。1931年の全回転ローターを経て、1960年代には広く普及していた。常用機としての利便から、自動巻は時計の標準的な装備になりつつあった。

ところが、この2つはなかなか1つの時計に同居しなかった。理由は構造にある。自動巻のローターと、クロノグラフの作動機構は、どちらもムーブメント背面の限られた空間を必要とする。全回転ローターを載せれば計時機構の置き場がなくなり、計時機構を組み込めばローターの回る余地がない。両者は文字どおり、ムーブメント背面の場所を奪い合っていた。1960年代に入り、複数の陣営がこの壁に挑み始めた。

§ 02 The Event

発端は1965年末である。クロノグラフ専業のデプラ社にいたジェラール・デュボアが、ビューレンの薄型マイクロローター自動巻に着目した。これを土台にすれば、その背面に計時モジュールを重ねられると考えたのである。デュボアはビューレンのハンス・コッハーに接触し、資金と販路を担う商業的なパートナーとして、まずジャック・ホイヤーを、続いてウィリー・ブライトリングを引き入れた。

1966年2月2日、デプラ、ホイヤー=レオニダス、レオン・ブライトリングが協定に署名し、基盤キャリバーの製作をビューレンに託した。開発は秘匿のため「プロジェクト99」と名づけられる。ビューレンを傘下に収めたハミルトンも加わり、この取り組みは後に4社連合として知られた。役割は明快で、ビューレンが自動巻・日付を含む基盤を、デプラが計時モジュールを担い、ホイヤーとブライトリングが文字盤やケースの設計と資金を受け持った。

技術上の核心はマイクロローターにあった。回転錘を小型化してムーブメントの厚みの内側に収めることで、背面に計時モジュールを置く余地が生まれる。モジュールは3本のねじで基盤に固定された。この構造の副産物として、巻き上げ用のリューズが左側に、クロノグラフの押しボタンが右側に並ぶ独特の配置が生まれている。

1969年3月3日、連合は完成品を世に問うた。ジュネーヴで午後5時、ニューヨークで午前11時、各地で同時に記者発表が開かれている。ホイヤーはオータヴィアやモナコを、ブライトリングはクロノマチックやナビタイマーを、ハミルトンはフォンテンブローなどを示した。口径31mm、厚さ7.7mm、17石、毎時19,800振動、約42時間のパワーリザーブという仕様であった。同年4月のバーゼルの見本市で約100点が披露され、夏には店頭に並んだ。

§ 03 Significance

キャリバー11の特徴は、その設計思想にある。計時機構をムーブメントの構造に組み込むのではなく、独立したモジュールとして基盤に重ねる——このモジュール式は、同時期の他の自動巻クロノグラフとは異なる解法だった。既存の自動巻を土台に計時機能を後付けできるこの手法には、汎用性の面で利点があり、デプラはその後も計時モジュールの供給を続けた。初期のキャリバー11には不調も見られ、改良版の11-iやキャリバー12が後を継いだが、モジュール式という基本構想は変わらなかった。

意匠の面では、左側のリューズという配置が、意図せぬ個性として残った。とりわけホイヤー モナコの角型ケースと結びつき、後年の復刻でも踏襲されている。

1969年は、自動巻クロノグラフをめぐる3つの陣営が相次いで成果を示した年でもあった。1月にはゼニスが発表で先んじ、5月にはセイコーが市場で先行し、この4社連合は同年夏にスイス勢として最初に店頭へ届けた。どこを最初と見るかは、発表・量産・市場投入のいずれを基準に置くかで変わり、議論は今も決着していない。各陣営の詳細はそれぞれの記事に譲る。皮肉なことに、機械式がこの到達点に達した同じ年の暮れ、計時の精度を一変させるクォーツ腕時計が世に出ている。

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