ロレックス コスモグラフ デイトナ
1963年、ロレックスは速度を測る道具としてこのクロノグラフを出した。その意匠と、後の収集人気が、デイトナの名を時計史に残した。
概要
Overview1963年、ロレックスはコスモグラフ(Ref.6239)を発表した。タキメーター目盛りを文字盤からベゼルへ移し、視認性を高めたレーシング用クロノグラフである。発表時の名はコスモグラフのみで、文字盤にDaytonaの名が加わるのは1964年から65年にかけてだった。背景には、1962年ごろデイトナ国際スピードウェイの公式計時を担ったことがある。動力は手巻のヴァルジュー系ムーブメントで、発売直後の評価は必ずしも高くなかったと伝わる。だが速度計測という用途を明快に形にしたこの時計は、後年コレクター市場で高い評価を得て、意匠と市場の双方で語られる一本となった。
背景
Backgroundロレックスは防水と精度を軸にケースとムーブメントを磨いてきたが、クロノグラフにも早くから取り組んでいた。1937年には複数のクロノグラフをカタログに並べ、計測という機能を製品系列の一角に据えていた。とくに1960年代初頭のRef.6238は、3時・6時・9時に小針を配したクロノグラフで、後年プレ・デイトナと呼ばれ、6239の直接の前身にあたる。文字盤には『Rolex Chronograph』と記されていた。
一方、当時はモータースポーツが大衆的な熱狂を集めつつあった。速度と耐久を競うレースでは、平均速度や周回時間を読み取る計測機能が求められる。タキメーターは、一定距離を走る所要時間から速度を換算する目盛りで、レースの計時と相性がよい。こうした計測への需要が、レーシング向けクロノグラフの市場を押し広げていった。
もう一つの伏線が、米国市場との結び付きである。1959年に開業したデイトナ国際スピードウェイは、高速コースとして注目を集めていた。
出来事
The Event1963年、ロレックスはコスモグラフを発表した。最初の型番はRef.6239である。前作6238から受け継いだ三つ目のクロノグラフ構成を保ちつつ、最も目立つ変更を文字盤まわりに加えた。
核心はタキメーターの配置にある。6238では文字盤外周に刷られていた速度目盛りを、6239では金属ベゼルに刻んだ。これにより文字盤の情報が整理され、小針と速度目盛りが視覚的に分かれて読みやすくなった。初期のベゼルは毎時300単位まで刻まれ、後に200単位までへ改められる。文字盤は黒地に銀の小針、または銀地に黒の小針という対照的な配色が用意された。
ケース径は37mmで、プッシュボタンは初期にはねじ込み式でないポンプ式だった。動力には手巻のムーブメントを積む。これは前作と同系のヴァルジュー72系で、ロレックスは自社呼称として72B、のちに722、722-1と改めた。テンプにはブレゲひげぜんまいを用い、17石とKif式の耐震機構を備える。ケースは鋼のほか、14金・18金の金無垢でも供給された。
名称は段階を踏んで定まった。発表時の文字盤にはコスモグラフとのみ記され、初期の広告ではLe Mansの名が使われたとも伝わる。やがてロレックスは、1962年ごろ公式計時を担ったデイトナ国際スピードウェイとの結び付きを選び、1964年から65年にかけて文字盤にDaytonaの名を加えた。レースの舞台名が、そのまま時計の通称となった。
意義
Significanceベゼルにタキメーターを刻み、文字盤に対照的な小針を配する6239の構成は、その後のデイトナの基本形として定着した。レーシング用クロノグラフの視覚的な型をここで固めた点に、意匠上の意義がある。タキメーターベゼルと三つ目の小針配置は、現行モデルまで受け継がれている。
市場での歩みは平坦ではなかった。発売当初は売れ行きが芳しくなく、店頭で値引きされたとも伝わる。風向きが変わるのは後年で、1960年代半ばに用意されたいわゆるエキゾチック・ダイヤルが、のちにポール・ニューマンの名で呼ばれ、ヴィンテージ市場で強い需要を集める対象となった。
機構の面でも段階的に姿を変えた。手巻の時代は1980年代まで続き、1988年のRef.16520で初めて自動巻となる。搭載されたCal.4030は、ゼニスが1969年に発表したエル・プリメロを基にロレックスが改良したものだった。2000年には自社開発のCal.4130へ移り、2016年にはセラミック製ベゼルが加わる。
レースの計時という実用から始まったこの時計は、意匠を保ちながら機械式腕時計を代表する一本となった。スイス時計産業とクロノグラフの系譜において、その節目に位置づけられる。