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腕時計史 · MILESTONE — 第6章 機械式の復権と独立時計師
1999

オメガ コーアクシャル実用化

滑り摩擦を大きく抑えた脱進機が、レバー式の支配が続いた約250年を経て、量産の機械式時計に組み込まれた。

§ 00 Overview

1999年、オメガは英国の時計師ジョージ・ダニエルズが考案したコーアクシャル脱進機を、デ・ヴィルのキャリバー2500に搭載して発売した。量産品にこの脱進機が載るのは初めてだった。従来のレバー脱進機は部品同士が滑って動くため摩擦が大きく、潤滑油の劣化が精度を狂わせる一因だった。コーアクシャルは接触をほぼ押し出しに置き換え、滑り摩擦を抑える。これにより潤滑油への依存が下がり、整備の周期や長期の精度の安定に効くとされた。ダニエルズの発想は1970年代半ばに生まれていたが、商品化までには長い年月を要した。クォーツ後の機械式時計が、技術によって価値を示し直した一例である。

§ 01 Background

機械式時計の脱進機は、ぜんまいの力を一定の間隔でテンプに伝え、針の歩みを刻む心臓部にあたる。18世紀半ばにトーマス・マッジが完成させたレバー脱進機は、以後の機械式時計の主流となり、200年以上にわたって支配的な地位を占めた。ただしレバー式には弱点があった。アンクルの爪石とガンギ車の歯が滑りながら噛み合うため摩擦が大きく、円滑な動作に潤滑油が欠かせない。油は時とともに劣化し、粘りが変われば精度も狂う。定期的な整備で油を入れ替える必要があった。

英国の時計師ジョージ・ダニエルズは、独学で技術を磨き、ブレゲ研究の著作でも知られた。クォーツの台頭で機械式時計の存立が揺らいだ1970年代、彼は滑り摩擦を抑える脱進機の構想を進めた。米国の収集家セス・アトウッドの依頼が契機の一つだったと伝わる。1980年に特許を得たこの機構を、彼は複数のブランドに持ち込んだが、採用には至らなかった。パテック フィリップやロレックスも関心を示さなかったとされる。クォーツ危機のさなか、各社は生き残りに追われ、新しい機械式の機構を量産する余力を欠いていた。

§ 02 The Event

状況が動いたのは1990年代である。スウォッチグループ会長ニコラス・ハイエックが、ダニエルズの機構に量産の可能性を見いだした。傘下のムーブメントメーカーETAが工業生産向けの調整を担い、グループのオメガが採用ブランドとなった。1998年には、ダニエルズと弟子のロジャー・スミスが、最初のオメガ製コーアクシャルムーブメントを用いた記念モデルを50本ほど手がけている。ただしこれは記念の少量生産であり、量産とは性格が異なる。

量産品として市場に出たのは1999年だった。オメガはデ・ヴィルのラインに、コーアクシャル脱進機を組み込んだキャリバー2500を搭載した。このムーブメントはETAの2892をベースに改造したもので、毎時28,800振動で動いた。発売は限定モデルの形をとり、イエローゴールドとレッドゴールドのケースを各1000本弱、プラチナ製をより少数とする構成だった。

コーアクシャル脱進機の要点は、エネルギーの伝え方にある。レバー脱進機では爪石が歯面を長く滑って動く。その過程で摩擦や衝撃が生じ、ぜんまいから受けた力のうち、実際に伝わるのは3割ほどとされる。コーアクシャルは3つのパレットを用い、ロックする働きと力を押し出す働きを分けた。接触は長い滑りではなく、ごく短い押し出しに近い動作で行われる。滑る距離が縮まる分、摩擦も小さく抑えられる。ダニエルズは、脱進機への注油を不要にすることを目指していた。

§ 03 Significance

コーアクシャル脱進機の意義は、まず脱進機そのものの歴史にある。実用された機械式脱進機としては、18世紀半ばのマッジによるレバー式以来の本格的な新型と評され、量産機が依拠する基本機構がおよそ250年ぶりに更新されたことになる。

技術的な利点は、滑り摩擦と潤滑への依存を同時に抑えた点にある。油の劣化に左右されにくくなり、整備の周期や精度の安定に効くと説明された。一方で、初期の個体には部品の摩耗など解決すべき課題もあった。

量産化という点も見逃せない。精緻な機構を少数の手作り時計にとどめず、工業生産に乗せたことに意味があった。オメガはその後、スピードマスター ムーンウォッチなど一部を除き、ほぼ全てのラインにコーアクシャルを広げていく。やがてシリコン製のひげぜんまいや、高い基準を課すマスター クロノメーターの認定とも結び付いた。

クォーツショックでスイスの機械式産業が崩れたのち、機械式時計は精度でクォーツに及ばないという現実を抱えていた。そのなかでコーアクシャルは、機械式が精度以外の面でも技術を更新できることを示した。ダニエルズ自身、この機構は21世紀に機械式時計への愛着をつなぐためのものだと語っている。手仕事の独立時計師の発想を大手が量産で広げた経緯は、この時代の機械式復権と重なる。

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