ポール・ニューマン デイトナ落札
時計そのものの価値を、誰が着けたかという来歴が大きく上回る——2017年のこの落札は、ヴィンテージ市場の一つの到達点を示した。
概要
Overview2017年10月26日、フィリップスがニューヨークで開いた初の時計オークション『ウィニング・アイコンズ』で、ポール・ニューマンが愛用したロレックス デイトナ(Ref.6239)が17,752,500ドルで落札された。当時の最高額である。この個体は1968年に妻ジョーン・ウッドワードが贈ったもので、ケースバックには『DRIVE CAREFULLY ME』の刻印が残る。『ポール・ニューマン・デイトナ』の通称を生んだエキゾチックダイヤルの実物であり、長く所在が知られていなかった。事前予想は100万ドル前後で、12分の競りでこれを大きく超えた。時計の価値が来歴で決まりうることを市場に印象づけた落札である。
背景
Backgroundロレックス コスモグラフ デイトナは、1963年に登場した同社のクロノグラフである(#078)。発売当初の人気は限られていた。流れを変えた一因が、俳優ポール・ニューマンの存在である。
1968年、映画『ウィニング』の撮影前後に、妻で女優のジョーン・ウッドワードが彼に一本のデイトナを贈った。Ref.6239に、ロレックスが『エキゾチック』と呼んだアールデコ調の文字盤を備えた個体である。ニューヨークのティファニーで求めたとされ、ラグの裏には在庫番号が刻まれていた。ケースバックには、レースに熱中する夫を案じて彼女が刻ませた『DRIVE CAREFULLY ME』の一文がある。ニューマンはこの時計を1984年まで日常的に着け続けた。
1980年代、ヴィンテージ時計の収集が広がるなかで、エキゾチックダイヤルのデイトナは『ポール・ニューマン・デイトナ』と呼ばれるようになる。俳優が同型を着けた姿が知られたことに由来するが、命名の経緯には諸説ある。通称の元となった本人の一本は人目に触れず、長く所在不明とされていた。実際には1984年、ニューマンが娘ネルと交際していた学生ジェームズ・コックスに直接譲っていた。この来歴が、2017年の出品で初めて公にされた。
出来事
The Event2017年10月26日、オークションハウスのフィリップスは、ニューヨーク初の時計オークション『ウィニング・アイコンズ ── 20世紀の伝説的時計』をマンハッタンの会場で開いた。出品の目玉が、ポール・ニューマン旧蔵の『ポール・ニューマン・デイトナ』だった。出品したのは、この一本を長く手元に保管してきたジェームズ・コックスである。彼は売却益の一部を、ネル・ニューマン財団とニューマンズ・オウン財団へ寄付する意向を示していた。
競りを取り仕切ったのは、フィリップスの時計部門を率いるオーレル・バックスである。事前の落札予想は100万ドル前後に置かれていた。だが競りは1,000万ドルの電話提示で唐突に始まり、700人を超える参加者が見守るなか、応札者どうしの一騎打ちとなった。約12分の攻防の末、ハンマー価格は1,550万ドルで確定する。手数料を加えた最終落札額は17,752,500ドル、日本円にしておよそ20億円に達した。落札したのは匿名の電話応札者だった。
この結果は、腕時計としてもロレックスとしても、当時のオークション最高落札額となった。『ウィニング・アイコンズ』全体の総額も2,800万ドルを超え、米国で開かれた時計オークションの記録を更新した。
この一本は、ニューマンが実際に着用した唯一のエキゾチックダイヤルのデイトナである。ジョーン・ウッドワードによる刻印は鮮明に残り、ケースは研磨されず当時の姿をとどめていた。
意義
Significanceこの落札が示したのは、来歴が時計の価値を左右する時代の姿である。同じRef.6239でも、ニューマンとの結びつきを欠けば価格は一桁以上低い。誰が所有し、誰が着けたかという物語が、機構や希少性を超える価値の源泉となりうることを、市場は目の当たりにした。
落札はまた、ヴィンテージ時計市場が一つの到達点を迎えた象徴でもあった。2010年代を通じて人気モデルの高騰が進むなか(#115)、著名人の旧蔵品はオークションの目玉として定着していく。フィリップスは2020年の『レーシング・パルス』で、スティーブ・マックィーンのホイヤー モナコなどを並べ、来歴を軸とした出品形式を重ねた。
時計が美術品や希少な自動車と並ぶ収集対象として語られる場面も増えた。もっとも、こうした高額は限られた一点物の話であり、市場全体の水準を示すものではない。
この『当時最高』の座は長く続かなかった。2019年、パテック フィリップのグランドマスター・チャイムが慈善オークションで約3,100万ドルを記録し、額の上では上書きされる(#121)。だが、来歴という無形の価値を価格へ転化させた点で、この一本が残した影響は数字の順位とは別の意味を持つ。