ラドー ダイヤスター(硬質素材)
時計を傷から守るのではなく、傷のつかない素材で時計を作る——ラドーが1962年に示したこの発想は、後の素材競争の出発点となった。
概要
Overview1962年、ラドーは硬質素材を用いた腕時計ダイヤスターを発表した。前身のシュルプ商会を1917年に興した同社は、1957年にラドーの名で独立し、素材と意匠の革新を売りとしていた。ダイヤスターのケースには炭化タングステンの硬い合金が使われ、風防にはサファイアクリスタルが添えられた。いずれも当時の時計では一般的でない硬い素材で、日常使用での傷を強く抑えた。ラドーはこれを世界初の傷のつかない時計とうたい、独特の楕円形ケースとともに売り出した。金や鋼を磨いて仕上げるそれまでの常識に対し、素材そのものの硬さで美観を保たせる発想は、後のセラミックへ続く時計素材の流れの一つの起点となった。
背景
Background1950年代から60年代にかけて、腕時計のケースは金や金張り、ステンレス鋼で作られるのが普通だった。これらは加工しやすく見栄えもよいが、硬さには限りがある。日々の使用で角や面に細かな傷が積み重なり、数年で輝きが鈍っていく。研磨で直せはするものの、そのたびに金属はわずかに削られる。傷は持ち主が避けがたく付き合う宿命とされていた。
前身のシュルプ商会は、1917年にフリッツ、エルンスト、ヴェルナーのシュルプ兄弟がスイスのレングナウで興した工房である。当初はムーブメントの素材となる地板やエボーシュの製造を主としていた。第二次大戦後に完成時計へ軸足を移し、1957年にラドーの名で独立する。社名はエスペラントで車輪を意味するとされる。
独立後のラドーは、精度や装飾よりも素材と機能の訴求で他社と差をつけようとした。初期のゴールデンホースやグリーンホースでは、耐磁や防水を前面に押し出している。傷という積年の問題に素材で答える発想は、こうした技術志向の延長線上にあった。
出来事
The Event1962年、ラドーは硬質素材を用いた腕時計ダイヤスターを発表した。後にダイヤスター・オリジナルと呼ばれる一作で、開発には3年ほどが費やされたと伝わる。ケースの素材には、炭化タングステンを主成分とする合金が用いられた。ラドーはこれをハードメタルと呼ぶ。炭化タングステンというセラミックの粒子を金属の結合材でつないだ複合材で、セラミックの硬さと金属の粘りを併せ持つ。
この素材は焼結という製法で作られる。粉末を型に詰めて高温で固める工程で、焼き固めの際に2割ほど縮むとされ、大きく複雑な形は作りにくい。固まった後は鋼や石英より硬く、ダイヤモンドの砥石でしか磨けない。加工の難しさが、ダイヤスター特有の丸みを帯びた楕円形のケースを生んだ。削り出すというより、宝石のように研ぎ出された形である。
風防には、ダイヤモンドに次ぐ硬さのサファイアクリスタルが組み合わされた。硬い合金のケースと硬い風防、この二つで文字盤を含む表側のほぼ全体が傷から守られる。ダイヤを思わせる名は、このサファイアの硬さにちなむとされる。ラドーは1961年に金属合金による時計ケース製造の特許を取得したとされ、ハードメタルのケースとサファイア風防を組み合わせた最初の作り手と称した。
売り出しにあたって、ラドーはダイヤスターを世界初の傷のつかない時計とうたった。当時としては大胆な広告である。もっとも見慣れない楕円形のケースは当初こそ懐疑の目で迎えられ、定着までには数年を要した。
意義
Significanceダイヤスターの意義は、時計の傷という問題への答え方を変えた点にある。それまでは、傷を磨いて消すか、付かないよう気を遣うのが常だった。ラドーは素材そのものの硬さで傷を寄せつけないという、予防に重きを置く発想を持ち込んだ。風防にサファイアを据える手法も、後に高級時計の標準へ広がっていく。
もう一つの波及は意匠にある。ハードメタルは硬すぎて自在に削れないため、作れる形がおのずと限られる。ダイヤスターの丸みを帯びた楕円ケースは、素材の制約から導かれた形だった。研ぎ出された光沢を帯びるその姿は、宝石のような質感を時計に与える。盾を思わせる丸い輪郭は、以後のラドーの意匠の基調となっていく。素材が意匠を決めるというこの関係は、後の硬質素材時計に共通する性格となる。
ダイヤスターはラドーの性格そのものを定めた一作でもある。以後の同社は、素材の探求を看板に掲げて歩む。ハードメタルは、後年の高度セラミックやセラモスへ続く素材系譜の出発点に位置づけられる。ただし、ダイヤスターは長く最初のセラミック時計と語られてきたが、その素材は炭化タングステンを金属で固めた複合材であり、純粋なセラミックとは異なる。本格的な高度セラミックの時計ケース採用は、20年あまり後のことである。