ロレックス オイスター(防水)
腕に移った時計を、いかに水と塵から守るか——1926年のオイスターケースは、その問いに密閉という解を与えた。
概要
Overview1926年、ロレックスはベゼル・裏蓋・リューズをミドルケースにねじ込んで密閉するオイスターケースを世に出した。第一次大戦を経て時計は懐中から腕へ移り、汗や塵、水にさらされる機会が増えていた。創業者ハンス・ウィルスドルフは、ねじ込み式リューズの特許を持つ二人の時計師から権利を買い、弱点だったリューズの密閉を解いた。同年には『オイスター』の名も商標登録している。広告では世界初の防水腕時計と謳われたが、それ以前にも防水を狙ったケースは存在した。オイスターの達成はむしろ、実用に耐え商業的に普及した点にある。壊れやすい装身具という腕時計像を覆し、後のツールウォッチとダイバーズの土台となった。
背景
Background第一次大戦を境に、時計は懐中から腕へと居場所を移した。塹壕で即座に時刻を読む必要が、男性に腕時計を受け入れさせたためである。だが腕という場所は、ポケットの中とは比べものにならないほど過酷だった。汗や雨、埃にさらされ、文字盤とムーブメントは絶えず水分と塵に触れる。当時の腕時計はなお壊れやすい装身具と見なされ、湿気が入れば歯車は錆び、油は流れ、止まった。
ロレックスの創業者ハンス・ウィルスドルフは、早くからこの課題を見据えていた。1914年には取引先へ、防水の腕時計を実現せねばならないと書き送っている。防水ケース自体は新しい発想ではなく、19世紀以来、ねじ込み式の一体ケースなど各種の工夫が試みられていた。ロレックスも1922年に、時計を外側のケースに収めて密閉するサブマリンと呼ばれる一作を出している。ただしこれは、巻き上げや時刻合わせのたびに外ケースを開ける必要があり、実用には遠かった。密閉の最後の難所は、ケースを貫いて外へ出るリューズの軸をどう塞ぐかにあった。
出来事
The Event1926年、ロレックスはこの最後の難所に手を打つ。前年にポール・ペルゴとジョルジュ・ペレという二人の時計師が、リューズをケース側のねじに締め込んで水を防ぐ仕組みのスイス特許を得ていた。ウィルスドルフはその権利を、ケース製造業者を介して1926年7月に取得する。そして同じ月、『オイスター』の名を商標として登録した。牡蠣のように水中に長くとどまっても中身を損なわない、という含意から採られた名と伝えられる。
オイスターケースの要点は、開口部をすべてねじ込みで密閉した点にある。ベゼル、裏蓋、そしてリューズの三つを、それぞれ中央のミドルケースに対してねじ込み、隙間を塞ぐ。これにより、ケースは水と塵から内部を遮断する一つの密閉容器となった。初期のオイスターでは、ベゼルと裏蓋の縁に細かい刻みが施され、ロレックス専用の工具で締め込む方式が採られた。現在のロレックスに残るベゼルの溝や裏蓋の刻みは、この締め込みのための造作に由来する。買い取ったペルゴとペレのリューズ機構には、逆ねじでクラッチを欠くといった難点もあり、実装にあたっては改良が重ねられた。
商品としての登場時期には記録の揺れがある。ウィルスドルフ自身は後年、防水のオイスターは1927年に発売したと記しているが、1926年の末には既に市場へ出ていたとする証拠もある。1927年に語られる『発売』は、本格的な広告展開の開始を指すとみられる。その広告の柱となったのが、翌1927年にオイスターを身に着けて英仏海峡横断泳に挑んだ事例だが、その詳細は別の項に譲る。
意義
Significanceオイスターの意義は、まず技術の枠組みにある。開口部をねじ込みで密閉するという考え方は、以後のロレックスを貫く基本構造となり、現在のケースにまで受け継がれている。リューズという最後の弱点を塞いだことで、腕時計は日常の水気や塵に耐える堅牢な道具へと近づいた。湿気に弱い壊れやすい装身具という見方は、ここから少しずつ覆されていく。
もっとも、広告で繰り返された世界初の防水腕時計という表現は、厳密には正しくない。現存する記録では、19世紀以来いくつもの防水時計があり、腕時計でも先行例が確認できる。オイスターを画したのは、発明そのものよりも、実用に耐える密閉を商業的に広く普及させ、防水を市場の標準的な価値へ押し上げた点にあった。
この密閉ケースは、防水とダイバーズの系譜の起点に位置づけられる。皮肉なことに、ウィルスドルフ自身は当初これを潜水用とは考えていなかったとされる。だが密閉ケースという土台があったからこそ、1930年代の防水時計の展開を経て、1953年のダイバーズ確立へと道がつながった。水と塵を遮断するという発想は、後のツールウォッチが共有する前提となり、腕時計が過酷な現場へ出ていく出発点となった。