パテック コスコウィッツ伯爵夫人の腕時計
懐中時計が男のものだった時代、腕の時計は女性の装身具だった——パテック フィリップが1868年に手がけた一作は、その前提を体現している。
概要
Overview1868年、パテック フィリップはハンガリーのコスコウィッツ伯爵夫人のために、はじめから腕に着ける時計を仕立てた。長方形の黄金ケースとブレスレットに、ダイヤを据えた蝶番式の蓋を備える。中身は8石でシリンダー脱進機のバゲット型手巻機構である。懐中時計から作り変えたものではなく、腕の時計として構想された点に意味がある。当時、腕の時計は女性の装身具とされ、男性は懐中時計を用いた。この一作はその時代の腕時計観を映している。ギネス世界記録は最初の腕時計に数えるが、ブレゲのナポリ王妃の時計が先行する記録を持ち、パテック自身はスイス最初の腕時計と限定して称している。
背景
Background19世紀の腕の時計は、女性のための装身具という位置づけにあった。男性は鎖でつないだ懐中時計をポケットに納め、それを正確な時計とみなした。腕に巻く小さな時計は宝飾品の一種であり、時刻を知る道具という以上に、装いの一部だった。
時計を腕に留める発想そのものは古い。懐中時計やペンダント時計をブレスレットに仕立て直す試みは、19世紀を通じて散発的に行われていた。ただ、その多くは既存の時計を腕用に作り変えたものであり、はじめから腕の時計として設計された例は限られていた。
パテック フィリップは1839年にジュネーブで興り、複雑機構と仕上げを誇る高級路線で名声を高めつつあった。顧客には欧州の貴族や富裕層が並び、時計は実用品であると同時に、地位と趣味を示す品でもあった。装身具としての時計を求める女性客は、こうしたメゾンにとって自然な客層であり、腕に着ける宝飾時計への需要もその延長にあった。
出来事
The Event1868年、パテック フィリップは一点の腕時計を仕立てた。番号27368を持つこの時計は、長方形の黄金ケースを同じく黄金のブレスレットにつなぎ、手首に巻けるよう構成されていた。文字盤は懐中時計のハンターケースに通じる蝶番式の蓋で覆われ、その蓋には大ぶりのダイヤが据えられている。文字盤の両脇にもダイヤが並び、全体が宝飾品としての性格を強く帯びていた。蓋を開くと白いエナメルの文字盤が現れる。
中身は小さなバゲット型の機構である。6ライン(約13.5ミリ)の手巻ムーブメントで、脱進機はシリンダー式、石数は8石。後の腕時計の主流となるレバー脱進機ではなく、当時の小型機に広く使われたシリンダー式が選ばれている。鍵で巻き上げる方式で、リューズ巻きが普及する前の時代の作りを残している。
この時計の要点は、懐中時計やペンダント時計を腕用に作り変えたものではなく、はじめから腕に着ける時計として構想された点にある。蓋つきのケース、ブレスレット一体の構造、宝飾の配置は、いずれも手首で用いることを前提に組み立てられていた。
時計はハンガリーのコスコウィッツ伯爵夫人へ、1200フランで売られたと伝わる。製作は1868年だが、伯爵夫人の手に渡った時期については数年後とする記録が複数あり、年は一致しない。現在この時計はジュネーブのパテック フィリップ博物館に収められ、現存する初期の腕時計の一例に数えられている。
意義
Significanceこの一作が伝えるのは、何より腕時計が出発点で宝飾品だったという事実である。長方形のケースに蓋とダイヤを配した姿は、時刻を読む道具ではなく装いの品として腕時計を捉える、当時の意匠観を体現している。腕の時計が女性のものとされた認識は、ここから半世紀ほど続いた。男性が腕時計を受け入れるのは、第一次大戦の塹壕を待たねばならない。
この時計はしばしば最初の腕時計と呼ばれ、ギネス世界記録もそう認定している。現物が残る点が、その評価を後押ししている。ただし、ブレゲがナポリ王妃のために手がけた時計は1810年の発注記録を持ち、1855年の修理記録も残る。いずれも1868年に先行する。多くの時計史家は、最初の一本という栄誉をブレゲに与える。
パテック自身はスイス最初の腕時計と限定して称しており、世界初とは言い切っていない。スイス最初級という位置づけも、現存する作例を基準にした表現と理解するのが穏当である。
意匠の系譜から見れば、この時計は宝飾時計としての腕時計の祖型に近い。装身具から実用品へという腕時計の転換を考えるとき、スイス高級時計の歴史の早い一点に置かれる一作である。