ロレックス GMTマスター
二つの土地の時刻を一つの文字盤で読む——ロレックスは航空機の乗務員のために、回転ベゼルと第4の針でその難題に答えた。
概要
Overview1950年代前半、商用航空は長距離の国際路線を急速に広げていた。複数の時間帯をまたいで飛ぶ乗務員は、出発地と目的地、二つの時刻を同時に把握する必要があった。アメリカのパンアメリカン航空はこの課題をロレックスに持ち込み、二つの時間帯を一度に示す腕時計を求めた。答えがGMTマスター、最初のリファレンス6542である。24時間で一周する第4の針と、24時間目盛を刻んだ回転ベゼルを組み合わせ、二地点の時刻を読み取れるようにした。赤と青に塗り分けたベゼルは昼と夜を示す。発表年は1954年とも1955年とも伝えられる。腕時計が空の道具として確立した一例である。
背景
Background1950年代前半、商用航空は大きな転換期にあった。大西洋や太平洋をまたぐ長距離の国際路線が次々と開かれ、ジェット旅客機の時代も間近に迫っていた。乗務員は一度の飛行でいくつもの時間帯を横切る。出発地の時刻と目的地の時刻、その双方を同時に押さえることは、定刻運航と乗員の体調管理の両面で欠かせなかった。
ところが当時の腕時計は、一つの時刻しか示せなかった。それは懐中時計の時代から続く、時計という道具の当たり前の姿でもあった。二つの土地の時刻を知るには、時計を二つ持つか、頭の中で時差を計算するしかなかった。
ロレックスはこの数年、堅牢な実用時計を相次いで送り出していた。ねじ込み式の防水ケース、全回転ローターの自動巻、そして1953年のサブマリーナは、用途に応じた工具のような時計の系譜を築いていた。回転ベゼルという部品も、すでに手元にあった。先行するターノグラフが、その仕組みを備えていた。あとは、それらを二つの時間帯という新しい問いに向けるだけだった。
出来事
The Eventアメリカのパンアメリカン航空が、二つの時間帯を同時に示す腕時計の開発をロレックスに持ちかけた。その求めから生まれたのが、最初のGMTマスター、リファレンス6542である。発表の年は資料によって1954年とも1955年とも記され、ロレックス自身は現在これを1955年としている。GMTマスターの名はGreenwich Mean Time、すなわち世界の時刻の基準となるグリニッジ標準時にちなむ。その名称は1955年4月に登録された。
機構の要は、文字盤を一周するのに24時間かかる第4の針と、24時間の目盛を刻んだ双方向回転ベゼルの組み合わせにある。通常の時針はこれまで通り12時間で一周し、地元の時刻を指す。これと連動する24時間針が、ベゼル上の目盛を指して第2の時刻を示す。初代では二本の時針が直結しており、別々に動かすことはできなかった。使い手はまず地元の時刻を文字盤に合わせ、次にベゼルを回して目的の時差ぶんずらし、24時間針の指す位置から第2時間帯を読んだ。
ベゼルは初期のプラスチックであるベークライト製で、赤と青に塗り分けられていた。赤が昼、青が夜を表し、24時間表示のどちらの側に当たるかが一目で分かる。この赤青の配色は、後に清涼飲料になぞらえてペプシと呼ばれるようになる。暗所での視認のため、ベゼルの数字には夜光塗料が詰められた。
ケースは直径38mmのオイスターで、リューズガードを持たない。3時位置には日付窓があり、デイトジャストで採られたサイクロプスと呼ぶ拡大レンズが添えられた。防水は50mとされる。心臓部にはクロノメーター認定を受けた自動巻が収められ、口径は1036から1065、1066へと移っていった。
意義
SignificanceGMTマスターの意義は、まず技術にある。24時間針と回転ベゼルという二つの部品の組み合わせだけで、複雑な機構を足さずに第2時間帯を示してみせた。発想は単純だが、空を渡る乗務員の現実的な要求に正面から応えていた。この仕組みはやがて磨かれていく。1980年代に登場するGMTマスターIIでは、時針が24時間針と独立して動くようになり、ベゼルと合わせて三つの時間帯まで追えるようになった。初代が築いた骨格は、半世紀を超えて受け継がれている。
意匠の面でも、この時計は強い印象を残した。赤と青に分けたベゼルは昼夜を示す実用の工夫だったが、その鮮やかな対比がそのままシリーズの顔になった。ペプシの愛称で知られるこの配色は、以後さまざまな色違いを生みながら受け継がれている。機能から生まれた配色が、そのまま意匠として定着していった。
市場の上でも役割は移っていった。当初は乗務員のための道具だったが、国境を越える旅が広がるにつれ、第2時間帯を持つ腕時計は旅する人々のものになった。航空時計の系譜の中で見れば、航法の秒読みや計算尺を担った先達の延長線上に立つ。そのうえで、多時間帯という新しい役割を腕の上に据えた一本といえる。