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腕時計史 · MILESTONE — 第0章 前史
1735

ブランパン創業を称する

「世界最古の時計ブランド」——ブランパンが掲げる1735年は、創業の証明と操業の連続性をめぐる議論が交わる一点である。

§ 00 Overview

1735年、ジャン=ジャック・ブランパンがヴィルレの村役場記録に時計師として記された。ブランパンはこの年を創業とし、「世界最古の時計ブランド」を称する。ジュラの谷で農業のかたわら時計を組む、当時ありふれた家内工業の一つが出発点だった。工房は1932年まで一族に受け継がれたが、後継を欠いて従業員へ渡り、社名はレイヴィルへ改められる。やがてSSIHに吸収され、クォーツショックのなかでブランパンの名は一度途絶えた。1980年代に名だけが買い戻され、機械式専門のブランドとして再出発する。最古を称するこの来歴は、ブランドの自己像と操業の連続性をめぐる議論の的でもある。

§ 01 Background

18世紀のジュラ山脈の谷では、農民が冬の農閑期に時計部品を手がける家内工業が広がっていた。ヴィルレもそうした村の一つで、住人は農耕や牧畜のかたわら、歯車やぜんまいといった小さな部品づくりに携わった。後にスイス時計産業の母体となるこの分業的な生産は、まだ「ブランド」と呼べる形を持たない。工房は家族単位で、製品に社名が刻まれることも稀だった。

そもそも一企業の「創業年」を確定するのは難しい。法人登記の制度が整う以前、創業の証は教会や村役場の記録、税の台帳、家業の口伝などに散らばっていた。とりわけ農民兼業の職人の場合、いつ「時計師になった」と言えるのかは線引きしだいで揺れる。現代の高級時計ブランドが掲げる創業年の多くは、こうした断片的な記録の一点を定めたものである。

「世界最古」という称号もまた、何をもって連続とみなすかで意味が変わる。名が引き継がれれば最古なのか、操業が途切れなければ最古なのか。ブランパンが称する1735年は、この問いを正面から突きつける。

§ 02 The Event

ヴィルレの村役場の記録に、1735年、ジャン=ジャック・ブランパンが時計師(horloger)として記載された。ブランパンはこの記載をもって創業の年とし、「世界最古の時計ブランド」を称する。ただし記録の原本そのものは広く公開されておらず、創業の物語は後年に整えられた部分もあると指摘される。

ジャン=ジャックは1693年に農家に生まれ、農耕や牧畜、村の教師、後には村長まで務めた多才な人物と伝わる。時計づくりには農家の上階を工房に充て、階下では家畜を飼ったとされる。当初は懐中時計の部品を手がけ、やがて完成品の製造へ進んだという。

工房は子孫へ受け継がれ、家族経営はフレデリック=エミール・ブランパンの代まで続いた。だが1932年、後継の男子に恵まれぬまま彼が世を去ると、家業は従業員だったベティ・フィヒターとアンドレ・レアルの手に渡る。当時のスイスの法では、創業家を離れた企業が一族の名を冠し続けることが許されず、社名はヴィルレ(Villeret)をもじった「レイヴィル」へ改められた。レイヴィルはブランパンの名を冠した時計と他社向けムーブメントを作り続け、1961年にはオメガやティソを擁するSSIHに加わる。

しかしクォーツショックの波がこれを呑み込む。ブランパンの名はバーゼルの見本市から姿を消し、1980年前後にレイヴィルの操業も止まった。資料や工具は失われ、工房はオメガへ移ったと伝わる。1980年代初頭、ジャン=クロード・ビバーとジャック・ピゲが「ブランパン」の名をSSIHから買い取ったとき、そこに残されていたのは名前だけだった。工場も道具も在庫もない。両者は1983年ごろからル・ブラッシュで、機械式に絞った再出発を切る。

§ 03 Significance

ブランパンが掲げる1735年は、ブレゲやヴァシュロン・コンスタンタンの創業年より古い。それゆえ「世界最古の時計ブランド」という称号は、長くブランドの自己像の核となってきた。だがこの称号は、何を「連続」とみなすかという問いと切り離せない。

家族経営の終焉、レイヴィルへの改名、SSIHへの吸収、そして名だけが買い戻された1980年代の再出発——この歩みを見れば、操業が一本の糸で1735年から現在まで途切れず続いたとは言い切れない。少なくとも名の上では断絶があり、再興後のブランパンは過去の工房や人とは別の場所、別の体制で立ち上がった。連続性を強調する語りと、企業としての実態のあいだには隔たりがある。

もっとも、これはブランパンに限った話ではない。創業年の古さや「最古」「最初」といった称号は、現代の高級時計市場で価値を生む資産として働く。創業神話は製品の説得力を支え、買い手はその物語に対価を払う。ブランパンの事例は、時計の「歴史」がどこまで事実で、どこから語りなのかを問い直す素材となる。

ジュラの谷に芽生えた農民兼業の家内工業は、スイス時計産業という大きな流れへ合流していく。ブランパンが称する1735年は、その源流に置かれた最も古い目印の一つであり、本史がスイスの通史をたどる出発点となる。

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