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腕時計史 · MILESTONE — 第6章 機械式の復権と独立時計師
1992

ユリス・ナルダン 天文三部作

電子の精度がすべてを塗り替えた時代に、歯車で星々の動きを写し取る——ユリス・ナルダンはあえてその難路を選んだ。

§ 00 Overview

1983年、苦境にあったユリス・ナルダンを買収したロルフ・シュナイダーは、クォーツではなく機械式の複雑機構に賭ける道を選んだ。博学な時計師ルートヴィヒ・エクスリンと組み、天体の運行を文字盤に再現する天文時計を世に問う。1985年のアストロラビウム、1988年のプラネタリウムに続き、1992年のテルリウムで3部作が完結した。3作はそれぞれ異なる天文表示を担い、太陽・月・惑星の運行を歯車で表した。クォーツの全盛期に機械式の技巧で挑んだ、複雑機構復興の節目だった。

§ 01 Background

1970年代に始まったクォーツ革命は、安価で高精度な電子式時計を主役へ押し上げ、スイスの機械式時計産業を深い不況へ突き落とした。船舶用クロノメーターの作り手として5世代続いたユリス・ナルダンも例外ではなく、操業は途切れなかったものの経営は行き詰まっていた。

1983年、スイスの実業家ロルフ・シュナイダーを中心とする投資家集団がこの会社を買収する。電子化が時代の趨勢とみなされるなかで、彼は逆の道を選んだ。電池式の量産で各社が生き残りを図る局面に、機械式の複雑機構で勝負しようというのである。それには、他社と差別化できる独自の一作が要った。

シュナイダーが見いだしたのが、ルートヴィヒ・エクスリンだった。歴史家・考古学者・数学者の顔を併せ持つ博学な人物で、後に時計師として頭角を現す。彼は自身の収集品である古いアストロラーベ(天体観測儀)に着想を得ており、天文学と理論物理の知識を機構へ翻訳する力を備えていた。この出会いが、後の天文三部作の起点となる。

§ 02 The Event

三部作の最初の一作アストロラビウム・ガリレオ・ガリレイは、1985年のバーゼルの見本市で披露された。中世の天体観測儀アストロラーベを腕時計に落とし込み、地上から見た太陽・月・星々の位置、日の出と日の入り、夜明けと日暮れ、月の満ち欠け、日食と月食までを機械式で示す。21の機能を備えるとされ、ギネス世界記録に最も多機能な腕時計として登録された。当時はCADもなく、エクスリンは素数を用いた計算を自ら積み上げたと伝わる。この一作は会社の再起を後押しし、各国の博物館の収蔵品にも加えられた。

続いて1988年に、プラネタリウム・コペルニクスが発表される。地動説を唱えた天文学者の名を冠し、太陽を周回する惑星の位置を文字盤上に示した。アストロラビウムが地上の視点から空を写したのに対し、こちらは惑星系そのものの配置を扱う。

1992年、3作目テルリウム・ヨハネス・ケプラーが3部作を完結させた。北極の上空から見た地球を、手描きのエナメルで真の地理に近い姿に仕立てる。その地球を月が巡り、ドラゴンハンドと呼ばれる針が日食と月食を指し示す。北回帰線と南回帰線の間でしなる弾性のばねは、太陽に照らされた半球を示し、日の出と日の入りの時刻と位置を伝える。永久カレンダーは1年で一周し、機構は自動巻きで動く。3作とも天体の運行を歯車だけで再現する点で共通し、いずれも緻密な手仕上げを施されている。8年をかけて、天文時計の系列が組み上がった。

§ 03 Significance

三部作の意義は、機械式の複雑機構がなお新しい価値を生めると示した点にある。クォーツが精度と価格で圧倒する時代に、天体の運行を歯車で描くという仕事は、電子式には代えがたい技巧と着想の領域を切り開いた。天体の周期に歯車比を合わせる設計は、永久カレンダーやミニッツリピーターと並ぶ複雑機構の一系統であり、三部作はその現代における担い手となった。

この仕事は、1980年代後半から1990年代にかけて広がる機械式復権の流れと響き合う。独立時計師の連帯や、各メゾンによる複雑機構の誇示が相次いだ時期にあって、三部作は、置き時計の時代にさかのぼる天文時計の伝統を腕時計へ結び直した。スイス産業の立て直しが低価格帯の刷新によっても進むなか、高度な複雑機構の側からも、その回復に加わった。シュナイダーが経営を引き継いでわずか10年ほどで、存在感を薄めていた一社が複雑時計の作り手として認知される段階に達したのである。

ユリス・ナルダンはこれを足がかりに、ジャックマール付きのミニッツリピーターや双方向に操作できる永久カレンダーなど、複雑機構の挑戦を重ねていく。そして2001年には、調速にシリコン部品を用いた前衛的な一作へと至る。天体を機械で描いた三部作は、その後のメゾンの方向を指し示す出発点だった。

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