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腕時計史 · MILESTONE — 第4章 黄金期
1956

ロレックス ミルガウス

磁場に乱される機械式時計を、軟鉄の籠で守る——ロレックスは1956年、研究室や発電所で働く者のための耐磁時計を世に問うた。

§ 00 Overview

1956年、ロレックスは耐磁時計ミルガウスを発表した。戦後、研究室や発電所、医療の現場には強い磁場が広がり、機械式時計のヒゲゼンマイを狂わせていた。ロレックスは軟鉄製のシールドでムーブメントを覆うファラデーケージを用い、1,000ガウスの磁場に耐える性能を実現した。名はラテン語のmille(千)とガウス(磁場の単位)に由来する。回転ベゼルと稲妻型の秒針を備え、欧州原子核研究機構CERNの研究者に用いられたことで知られる。耐磁という性能を数値で掲げ、用途別ツールウォッチの一角に科学者のための時計を据えた一本である。

§ 01 Background

20世紀半ば、電力網や電子機器、原子物理の研究が急速に広がった。発電所や送電設備、研究室の加速器や医療機器の周りには、それまで日常になかった強い磁場が生まれていた。この環境が、機械式時計の弱点を露わにする。

機械式時計の精度を支えるのは、ヒゲゼンマイと呼ばれる細い鋼のばねである。鋼は磁気を帯びると性質が変わり、渦巻いたコイルどうしが引き合って貼り付く。すると伸縮の周期が乱れ、時計は大きく進んだり、止まったりする。当時の機械式時計は、50から100ガウス程度のさほど強くない磁場でも影響を受けたとされる。磁場の中で働く科学者や技術者にとって、正確な時刻は実験や記録の前提であり、狂う時計は道具として成り立たない。

耐磁の試みは、ミルガウス以前にもあった。ムーブメントを軟鉄製の内ケースで囲い、磁力を時計の外側へ逃がす発想である。1948年のIWCマーク11は、この軟鉄インナーケースで英空軍の要求に応えていた。ロレックス自身も、防水のオイスターケースを土台に、潜水や旅行といった用途ごとの実用時計を整えつつあった。残された敵の一つが磁場であり、それに耐える時計が求められていた。

§ 02 The Event

1956年、ロレックスはミルガウスを発表した。名はラテン語で千を意味するmilleと、磁場の単位ガウスを組み合わせたもので、1,000ガウスの磁場に耐えるという性能をそのまま名に冠している。

耐磁の核心は、ファラデーケージと呼ばれる構造にある。ムーブメントを軟鉄製のリングで囲い、軟鉄の内側ケースバックと組み合わせて、磁力を機構の外側へ受け流す。透磁率の高い軟鉄が磁力線を引き寄せて迂回させ、中のヒゲゼンマイやテンプには届きにくくなる。この二重の守りによって、1,000ガウスまでの磁場に耐える性能が保証された。ケージを収めるため、ケースは当時としては大きい直径38mmとなった。

意匠にも科学者向けの個性が表れている。文字盤は蜂の巣状のハニカム模様で、初期型は回転ベゼルを備えた。やがて電磁への目配せとして、稲妻の形をした秒針が与えられる。防水のオイスターケースとサブマリーナに似た外観を持ちつつ、この稲妻針が潜水時計との違いを際立たせた。

もっとも、初期の系譜には込み入った事情がある。ロレックスは公式にはRef.6541を最初のミルガウスとするが、より希少なRef.6543が技術的に先行したとも伝わり、両者の前後や登場年には諸説がある。また、ジュネーブの欧州原子核研究機構CERNの依頼で開発され、その施設で耐磁性能が試されたという話も知られる。ただし確たる裏づけはなく、言い伝えの域を出ない。確かなのは、磁場の中で働く者たちがこの時計を実際に用いていたことである。

§ 03 Significance

ミルガウスの意義は、耐磁という性能を1,000ガウスという数値で示し、それを商品名にまで押し上げた点にある。軟鉄で機構を囲う発想そのものは先行例があったが、その効果を測れる指標として掲げ、科学者という明確な使い手に向けた時計は新しかった。防水のオイスター、潜水のサブマリーナ、旅行のGMTマスターと並び、ミルガウスはロレックスの用途別ツールウォッチのなかで、最も専門的な一角を占めることになる。

商業的には、ミルガウスは終始地味な存在だった。1960年に登場した第2世代のRef.1019は、回転ベゼルや稲妻針を捨て、簡素で実務的な姿へと変わる。夜光塗料を使わないCERN文字盤など研究現場向けの仕様も生まれたが、売れ行きは振るわず、28年の生産を経て1988年に一度は姿を消した。原型の登場からおよそ半世紀ののち、2007年に緑がかったサファイアガラスを持つRef.116400GVとして復活し、2023年に再び生産を終えている。

技術の系譜のうえで、ミルガウスは耐磁の中継点に立つ。軟鉄で磁気を逃がした1948年のIWCマーク11の手法を受け継ぎ、それを腕時計の一カテゴリーへと育てた。のちに防御の主役は素材そのものへ移り、2013年にはオメガが非磁性部品で15,000ガウスを超える耐性に達する。鋼の弱点を軟鉄の籠で補うこの発想は、磁場と精度をめぐる競争のひとつの節目だった。

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