オメガ >15,000ガウス耐磁
磁気を鉄の檻で遮るのではなく、機構そのものを磁化しない素材で組む——耐磁の発想の転換だった。
概要
Overview2013年、オメガは15,000ガウスを超える磁界に耐える腕時計、シーマスター アクアテラ >15,000ガウスを発表した。搭載するコーアクシャル キャリバー8508は、従来の軟鉄インナーケースによる遮蔽に頼らず、ヒゲゼンマイや脱進機に非磁性素材を用いて機構自体を耐磁化した点に特徴がある。軟鉄の檻はおおむね1,000ガウス程度までしか効かず、しかも文字盤の裏を覆うため機構を見せられなかった。新しい方式は遮蔽を不要とし、サファイアの裏蓋から機構を見せられる。耐磁を素材の問題として捉え直したこの試みは、後にマスター クロノメーター認証の基礎となった。
背景
Background機械式時計にとって磁気は古くからの敵である。テンプやヒゲゼンマイ、脱進機といった鉄を含む微小な部品が磁化されると、ヒゲゼンマイの巻きが乱れて時計は進み、遅れ、ときに止まる。日常の磁界はわずかだが、20世紀後半には電化が進み、スピーカーや磁石を含む機器が身近に増えた。
これに対する伝統的な解決は、軟鉄でできた内部ケースで機構を包む方法だった。軟鉄は磁力線を引き寄せて迂回させ、内側の機構を磁界から守る。ファラデーケージと同じ原理である。IWCのマーク11やインヂュニア、ロレックスのミルガウスなど、20世紀半ばの耐磁時計はこの遮蔽方式に拠っていた。
しかしこの方式には限界があった。軟鉄の檻が防げる磁界はおおむね1,000ガウス前後までで、強い磁界の前では効きが弱まる。腕時計の耐磁を定めたISO 764の基準も4,800アンペア毎メートル、およそ60ガウスにすぎない。さらに機構を覆う軟鉄ケースは厚みを増やし、文字盤の裏側を塞ぐため、裏蓋から機構を見せることもできなかった。耐磁と意匠の両立は、長く解けない課題として残されていた。
出来事
The Event2013年、オメガはバーゼルワールドでシーマスター アクアテラ >15,000ガウスを発表し、同年のうちに市場へ出した。型番は231.10.42.21.01.002。黒い文字盤に黄色の差し色を持ち、磁界警告の標識を思わせる黒と黄の秒針から、愛好家はこれをバンブルビーと呼んだ。文字盤にはアクアテラ伝統の縦縞模様と、黄色で記された >15'000 GAUSS の文字が並ぶ。ケースは直径41.5ミリのステンレス鋼で防水は150メートル、鋼ブレスレットと革ストラップの2種が用意された。
要点は外装ではなく内部にあった。搭載するコーアクシャル キャリバー8508は、磁気の影響を受けやすいヒゲゼンマイにシリコンを、脱進機やテンプの部品に非磁性の合金を用いる。遮蔽で機構を守るのではなく、機構を構成する素材そのものを磁化しないものに置き換えたのである。このため15,000ガウス、すなわち1.5テスラを超える磁界の中でも運針が乱れない。当時の遮蔽式耐磁時計をはるかに上回る水準だった。
ムーブメントはオメガ単独ではなく、スウォッチグループのETA、研究部門のアスラブ、ヒゲゼンマイで知られるニヴァロックスFARとの共同開発による。COSCのクロノメーター認定も受けている。
素材で耐磁を実現した結果、機構を覆う軟鉄ケースは不要になった。そのためアクアテラはサファイアの裏蓋を備え、耐磁時計でありながら機構を裏から見せられた。
意義
Significanceアクアテラ >15,000ガウスの意義は、耐磁を遮蔽の問題から素材の問題へと移したことにある。機構を鉄の檻で囲うのではなく、磁化しない部品で組むという発想は、その後のオメガの時計づくりの方向を決めた。耐磁の技術は一部の専用機にとどまらず、量産機へ広げられていく。
オメガはこの非磁性素材を、コーアクシャル脱進機と組み合わせたマスター コーアクシャルの口径群へ展開した。同種の口径はデ・ヴィル トレゾァやシーマスター300などに使われ、認証の名が定まる前から市場に出ていた。そして2015年、スイス連邦計量局(METAS)と組んで新しい認証、マスター クロノメーターを立ち上げる。最初の認定機は同年のグローブマスターで、口径8900を積んでいた。
この認証は、COSCのクロノメーター認定を前提としたうえで、10日間にわたる8つの試験を課す。中心の一つが15,000ガウスの磁界に耐えるかどうかの検査である。かつて一部の専用機の売り文句だった耐磁は、ここで測定され公的に保証される標準へと変わった。
2013年の一本がもたらしたものは、一モデルの特徴にとどまらない。耐磁を含む品質をブランド全体で保証し直す枠組みの起点となり、耐磁の系譜のうえでは遮蔽から素材へと方式が移る結節点にあたる。