ダイバーズ誕生(サブマリーナ/フィフティ ファゾムス)
防水だけでは潜水具にならない。経過時間を計る回転ベゼルを得て、腕時計はようやく海中の道具になった。
概要
Overview1953年前後、ロレックスのサブマリーナとブランパンのフィフティ ファゾムスがほぼ同時に登場した。どちらも防水ケースに加え、潜水の経過時間を計るための回転ベゼルと、暗い水中での視認性を備える。防水だけを競っていた腕時計に、潜水を計る機能を結びつけた点に新しさがあった。フィフティ ファゾムスは仏海軍の戦闘潜水部隊向けに、サブマリーナは市販のダイバーズとして方向は異なる。二本がほぼ同時に同じ機能の束へ到達したことで、後に続く潜水時計の原型が形づくられた。どちらが先かは現存する記録でも諸説あり、ここでは断定しない。
背景
Background防水の腕時計そのものは、1953年より前から存在した。ロレックスは1926年にねじ込み式のオイスターで密閉ケースを確立し、オメガも1932年のマリーンで潜水を意識した防水機を世に出していた。ただし、いずれも水を防ぐケースの域を出ず、潜水のための計器として設計されてはいなかった。
状況を変えたのは、戦後に広まった自律潜水である。1943年にクストーとガニャンが開発したアクアラング(開放式スキューバ)により、潜水者は水中をある程度自由に動けるようになった。同時に各国の海軍は、機雷処理や偵察を担う戦闘潜水部隊を整えていく。
ここで潜水者が腕に求めたのは、単なる防水ではない。携行する空気には限りがあり、潜りはじめてからの経過時間を正しく把握できなければ、残量を読み違えて命にかかわる。暗い水中でも瞬時に読める文字盤と、潜水中に狂わない経過時間の計測——この二つを兼ねる携帯計器が、当時はまだ存在しなかった。
出来事
The Event1953年前後、別々に進んだ二つの開発が、よく似た答えへ行き着いた。
一方はブランパンのフィフティ ファゾムスである。スイスのヴィルレに本拠を置くレイヴィル社が製造を担った。当時のCEOジャン=ジャック・フィスターは自身がダイバーで、潜水中に空気を失いかけた経験から、計時器の必要を痛感していたと伝わる。並行して、仏海軍のロベール・マルビエとクロード・リフォーが、新設の戦闘潜水部隊向けに必要な仕様を練り、ブランパンに行き着いた。完成した時計は、黒文字盤に夜光を施し、約91m(50尋)の防水を備える。名はこの50尋、当時の安全な潜水深度の目安に由来する。とりわけ重要なのが、片方向にしか回らずロックできる回転ベゼルである。不意に触れても潜水時間が長く読めることがなく、空気の読み違いを防ぐ。自動巻、耐磁構造、二重シールのリューズも備えた。1953年に仏海軍へ供給され、正式な公開は1954年のバーゼルとされる。
もう一方はロレックスのサブマリーナである。1926年のオイスターで培った防水ケースを土台に、潜水向けへ仕立て直した。初期のRef.6204と6205はほぼ同形で、どちらが先かは記録でも定かでない。ケース径は37mm、防水は100mを称し、自動巻ムーブメントを収めた。回転ベゼルで経過時間を計る構成は共通するが、初期のベゼルは両方向に回り、固定機構を持たなかった点はフィフティ ファゾムスと異なる。1953年に製作と試験が進み、1954年のバーゼルで公に披露された。
二本の先後については、フィフティ ファゾムスが数ヶ月先んじたとする説が多い。ただ両者が公の場に並んだのは1954年であり、ここでは先後を断定しない。
意義
Significance1953年が画期となったのは、潜水時計の機能的な原型がここで定まった点にある。経過時間を計る回転ベゼル、深度に応じた防水ケース、暗所での高い視認性——この三つの組み合わせが、以後の潜水時計が共有する枠組みとなった。防水という静的な性能を、計時という動的な機能へ接続した転換でもある。
信頼性の設計もこの原型の一部である。自動巻でリューズ操作を減らし、ねじ込み式のケースで最も弱い接合部を抑える。浸水を防ぐ思想が、計時機能と一体で組み込まれていた。
片方向ベゼルの考え方は、安全のための標準として広く受け継がれた。両方向ベゼルから出発したサブマリーナも、後年この方式へ移っていく。
普及の経路は軍と民の両輪だった。フィフティ ファゾムスは仏海軍を起点に各国の潜水部隊へ広がり、米軍向けにはトーネック・レイヴィルの名で供給された個体も伝わる。サブマリーナは市販のスポーツ用として支持を集め、潜水の枠を越えて着けられていく。
ここで定まった原型は、その後の系譜の出発点となった。国産では1965年の62MASがこの枠組みを受け継ぎ、深海作業の本格化はヘリウム対策など飽和潜水への技術的展開を促していく。腕時計が海中の計器となった起点として、本史の防水・ダイバーズの軸に置かれる。