アポロ11号 月面のスピードマスター
1957年から市販されていた一本のクロノグラフが、月という舞台を経て神話化していった。
概要
Overview1969年7月、アポロ11号は人類初の有人月着陸を果たした。乗組員は装備品としてオメガ スピードマスター プロフェッショナルを携えていた。着陸船の電子タイマーが不調だったため、アームストロングは自分の一本を予備としてイーグルの船内に残した。一方、続いて船外に出たオルドリンは、腕に着けたまま月面へ降り立った。これが月面で着用された最初の腕時計とされる。このクロノグラフは、この出来事を境に『ムーンウォッチ』と呼ばれ、オメガを象徴する一本となった。本史では、一つの製品が技術的実績から文化的な神話へ転じる過程を示す節目に置く。
背景
Backgroundアポロ計画の有人宇宙船は、精密な計時を電子機器に頼っていた。誘導コンピューターや船内のタイマーが、噴射や軌道の管理に必要な時間を刻む。しかし機器は故障や電源喪失の可能性を抱える。地上との交信が途絶え、電子タイマーも失われれば、宇宙飛行士の手元に残るのは腕の時計だけになる。NASAはこの最後の備えとして、機械式クロノグラフを正式装備に加えていた。
選ばれていたのがオメガ スピードマスターである。1965年、NASAは複数の銘柄に過酷な試験を課し、合格したスピードマスターを有人飛行用に認定した(本史080項)。以後、ジェミニ計画の船外活動などで実際に用いられ、宇宙飛行士へ支給される標準装備となっていた。
この時計そのものは新顔ではない。スピードマスターは1957年に自動車競技向けのクロノグラフとして市販され、すでに10年余りの歴史を持っていた。タキメーターベゼルで経過時間から速度を割り出す計器であり、もとは宇宙のために設計されたものではない。それが認定を経て宇宙へ運ばれ、月へ向かう三人の腕にも収まることになった。
出来事
The Event1969年7月16日、アポロ11号はケネディ宇宙センターから打ち上げられた。乗組員はニール・アームストロング船長、月着陸船パイロットのバズ・オルドリン、司令船パイロットのマイケル・コリンズの三人である。三人とも手巻きのスピードマスター プロフェッショナルを支給されていた。アームストロングとオルドリンの個体は、いずれもキャリバー321を積んだリファレンスST105.012だったとされる。
7月20日、月着陸船イーグルは静かの海へ着陸した。6時間あまりののち、船外活動が始まる。先に降りたのはアームストロングだった。ところが彼は、自分のスピードマスターをイーグルの船内に残していた。着陸船の電子タイマーが不調をきたしており、その予備として時計を機内に置く判断だったと伝えられる。
そのため、月面に持ち出された時計はオルドリンの一本となった。嵩のある宇宙服の上から着けられるよう、時計は面ファスナーの長いストラップで袖の外側に留められていた。アームストロングが月面に立った19分ほど後、続いて降りたオルドリンの腕で、この一本は月面で着用された最初の腕時計となった。作業中、オルドリンは一度この時計が止まったかと案じたが、誤認だったと記録に残る。
軌道上の司令船コロンビアでは、コリンズがリファレンス145.012を着けて待機していた。三本のスピードマスターは、それぞれ月面、機内、月周回軌道という別々の場所で同じ時を刻んでいた。
意義
Significanceアポロ11号の成功は、スピードマスターに『ムーンウォッチ』という通称を与えた。すでに10年以上売られていた製品が、月という舞台を得て市場での意味を一変させた点に、この出来事の本質がある。
オメガはこの結び付きを製品へ刻み込んだ。1969年末には記念の金無垢モデルが作られ、宇宙飛行士へ贈られた。一般向けに販売された個体のケース裏には、月で着用された最初の腕時計である旨の文言が刻まれている。計器としての認定という専門的な事実は伝わりにくいが、月面の写真に写る一本は誰の目にも明快だった。
現行のムーンウォッチも、オルドリンらが着けたST105.012の意匠を基本的に受け継いでいる。半世紀を経ても外観をほぼ変えない方針は、この一点に価値を結び付ける戦略でもある。記念モデルや限定版が繰り返し編まれ、ブランドの核として扱われ続けてきた。
もっとも、当の月面の時計そのものは残っていない。オルドリンの一本はスミソニアン博物館へ送られる途中で失われた。アームストロングとコリンズの個体は同館に収蔵されている。スイス時計産業がクォーツ革命の波に飲まれていく時期にあって、この物語は機械式の一本が市場で生き延びる力を示す例ともなった(本史R1)。