物語
01ラ・ショー・ド・フォンの工房(1848-1879)
1848年、スイス・ジュラ山脈の町ラ・ショー・ド・フォンで、23歳のルイ・ブラントが家族の建物の一室を工房に改装し、懐中時計の組み立てを始めた。当時の同地域には、ぜんまい、輪列、ケースを別々に手がける小規模工房が点在しており、ブラントはこれらの専門業者から部品を仕入れ、最終組立と仕上げ、調整を自ら担って完成品に仕立てた。仕上がった時計は欧州各地の販売網に乗せられ、特に英国市場で評価を得たと伝えられる。
02オメガという名の誕生(1880-1903)
1879年にルイが他界すると、息子のルイ=ポールとセザールが事業を継ぎ、社名を「Louis Brandt & Fils」と改めた。兄弟は工業化の道を選び、より大規模な敷地と労働力を求めて、ラ・ショー・ド・フォンからベルン州のビエンヌ(現在もオメガ本社が置かれる地)へ拠点を移した。1885年に量産機「ラブラドール」を発表し、1892年には世界初のミニッツリピーター腕時計を製作する。
転機となったのは1894年である。19リーニュの新型機械が完成し、ブラント兄弟はこれに「Omega」という名を与えた。ギリシャ文字の終末を意味するこの名は、「完成」「究極」を示唆するものとして選ばれたとされる。互換部品方式による生産と修理の容易性、安定した精度が市場に受け入れられ、機械の名称はブランドの代名詞となった。1903年、社名は正式に「Louis Brandt et Frère - Omega Watch & Co.」と改められる。
03観測所の時代と五輪(1900-1948)
キュー・テディントンやジュネーヴ天文台で行われた精度試験において、オメガは1931年から1936年にかけて世界記録を含む複数の首位を獲得した。コンステレーションのケースバックに刻まれる8つの星は、これら一連の精度競技での成果に由来するとされる。
1930年、世界恐慌の余波が時計業界を直撃するなかで、オメガはティソと持株会社SSIH(スイス時計工業会社)を結成して経営基盤を強化した。そして1932年、二つの象徴的な出来事が同年に起きる。一つは世界初の市販ダイバーズウォッチ「マリン」の発表。ルイ・アリックスの特許に基づく二重ケース構造を持つこの時計は、後に水深73メートルでのレマン湖実証試験を経て、スポーツダイビングという当時新興の分野に対応する道具として供給された。もう一つは、ロサンゼルス五輪の公式計時担当の獲得である。当時は時計師1人がビエンヌから30個のクロノグラフ懐中時計を携えて渡米しただけの体制であり、これが現在まで続く五輪計時の起点となった。
両大戦期には英空軍をはじめとする軍用時計を供給した。1948年、創業100周年を記念して限定発表された自動巻クロノメーター「センテナリー」と、同年に新たな防水型として登場した「シーマスター」が、戦後オメガの方向性を決定づけることになる。
04ツールウォッチ三部作と月面(1957-1972)
1957年、オメガはプロフェッショナル用途を意識した三つの新ラインを同時に発表する。レーシング向けのスピードマスター、潜水向けのシーマスター300、耐磁性に特化したレイルマスター。三作はいずれも視認性と堅牢性を優先した実用品として設計された。
1962年、ウォルター・シラー宇宙飛行士が個人所有のCK 2998をマーキュリー計画に持ち込んだ。1964年、NASAは計時用クロノグラフの公募試験を実施し、応募4社のうち過酷な振動・温度・真空試験を完走したオメガが選定された。1965年3月、スピードマスターは有人宇宙飛行と船外活動(EVA)に「フライト・クォリファイド」と認定される。
1969年7月21日、月面に立ったバズ・オルドリンの宇宙服外側に巻かれていたのが、Cal. 321を搭載した第4世代スピードマスターであった。アームストロングは月着陸船内クロックの故障に備えて自機を機内に残したと伝えられ、月面で着用された最初の腕時計はオルドリンのものとなった。同じシリーズは1970年のアポロ13号事故において、大気圏への突入角を正す14秒間の軌道修正噴射を計時する役割を果たしている。この二つの逸話が、ムーンウォッチの神話を確かなものにした。
05危機と再編(1973-1998)
1970年代に入ると、日本発のクォーツ式時計が世界市場で急速に普及し、機械式を中心としていたスイス時計産業は深刻な業績の落ち込みに直面した。SSIH傘下のオメガも合理化と組織再編を余儀なくされる。1983年、SSIHとASUAGが合併し、のちのSMHとなる。コンサルタントから経営者へ転じたニコラ・G・ハイエックが指揮を執り、廉価で大量生産可能な「Swatch」の成功と並行して、オメガを高位プレミアム帯のブランドとして再定義した。SMHは1998年に「スウォッチ・グループ」へと改称される。
06機構刷新の現在(1999-)
1999年、オメガは独立時計師ジョージ・ダニエルズが考案したコーアクシャル脱進機を、デ・ヴィル コーアクシャル リミテッド エディション(Cal. 2500)で量産化した。スイスアンクル脱進機が250年にわたって支配してきた分野に、新たな量産機構が加わった。
2015年、スイス連邦計量・認定局(METAS)と共同で策定した8項目10日間の試験体系「マスター クロノメーター認定」が始動し、第1号のグローブマスター以降、現行機械式の大半がこの認定を受けるに至っている。15,000ガウスへの耐磁性とケース込みでの計測を課す点に、天文台コンクール以来の「実測された精度」の姿勢が引き継がれている。2016年からはレイナルド・エシュリマンがプレジデント兼CEOを務め、2024年4月には独立認証機関「ラボラトワール・ド・プレシジョン」を稼働させた。同所の音響計測により、2026年発表のコンステレーション オブザーバトリーは秒針を持たない初のマスター クロノメーター認定モデルとなった。