物語
01谷あいの工房から工場へ
ロンジンの物語は1832年、スイス・ジュラ山脈のサン・ティミエの小さな時計工房に始まる。創業者オーギュスト・アガシ(1809–1877)は、地元時計商ライゲルの工房に共同経営者として加わり、やがて「アガシ&Co.」の経営を引き継いだ。当時のジュラ地方では、職人が自宅で部品を作り、それを商人が組み立てて販売する「エタブリサージュ」と呼ばれる分業形態が一般的だった。アガシは早くからアメリカ市場との取引を確立し、雪深い谷で作られた時計が大西洋を越えて売られていく流通網を整える。
転機は1852年頃、アガシの甥エルネスト・フランシヨン(1834–1900)が工房に加わったときに訪れる。フランシヨンは技師ジャック・ダヴィッドとともにアメリカの機械化生産を調査し、すべての工程を一つの屋根の下にまとめる「マニュファクチュール」への転換を進めた。1866年、彼はサン・ティミエを流れるシューズ川右岸の「レ・ロンジンヌ(長い草地)」と呼ばれる土地を取得し、翌1867年に新工場を竣工する。工場名はそのままブランド名となり、谷あいの草原の呼び名が世界の時計史に刻まれることになった。
02馬術と精度の時代
1878年、ロンジンは初の自社製クロノグラフムーブメントを完成させ、騎手と馬を彫ったケースに収めた。この懐中時計はアメリカの競馬場で標準的な計時道具となり、ブランドと馬術スポーツとの長い関係の端緒となる。本拠サン・ティミエは、スイス唯一の在来種であるフランシュ・モンターニュ馬の原産地でもあり、この巡り合わせは偶然と呼ぶには出来すぎている。
1889年、現在も使われ続ける「翼の砂時計」の商標が登録された。1908年のヌーシャテル天文台クロノメーター精度競技での首位獲得、1910年の10分の1秒精度を計測できる高振動スポーツ計時器の開発、1912年のバーゼル体操連邦祭での電気機械式タイミング実用化と、計時精度の領域で実績が重ねられていく。同じ1912年、リスボンで開催された障害飛越競技の公式時計を担当し、馬術スポーツとの本格的な関係が始まる。1913年には世界初の腕時計用クロノグラフムーブメントとされる13.33Zが完成した。
03黄金期の航空と冒険
1919年に国際航空連盟(FAI)の公式サプライヤーに指名されると、ロンジンは1920年代から30年代の航空黄金期の証言者となる。1927年5月、チャールズ・リンドバーグがニューヨーク=パリ間の単独無着陸飛行を成し遂げたとき、その33時間あまりの飛行時間を計時したのはFAIの委託を受けたロンジンであった。米南極遠征の指揮を執ったリチャード・E・バード少将や、1932年に女性として初めて単独大西洋を横断したアメリア・イアハートも、米国総代理店ロンジン=ヴィットナウアー経由でロンジンの計時器を伴っていたと記録されている。
リンドバーグは自らの航法経験からアワーアングル・ウォッチを発案し、ロンジンが1931年にキャリバー18.69Nを搭載した直径47.5mmの大型時計として製品化した。回転ベゼルと内側の時角ディスクで、太陽の時角から経度を素早く割り出せるよう設計された、文字どおりの「計算する腕時計」である。同時期にはフライバック機構を備えたクロノグラフ13ZNが登場し(1935年特許出願、1936年登録)、戦間期の腕時計クロノグラフ史における到達点の一つに数えられる。
04天文台コンクールと高振動
1959年、ロンジンは天文台コンクール専用設計の高振動キャリバー360を完成させる。矩形断面のムーブメントに大型香箱と幅広いヒゲゼンマイを収め、毎時36,000振動(5Hz)で動作するこの機械は、1961年のヌーシャテル天文台腕時計部門で1位と2位を独占した。その技術の延長線上に、1968年には世界初の高振動ダイバーズウォッチ「ウルトラ・クロン」が登場する。「一カ月に1分の精度」を謳う、機械式時計が電子化の波に対して提示できる最後期の答えのひとつだった。
05クォーツ危機と再編
1969年に試作機ウルトラ・クォーツを発表したロンジンは、1970年代を通じてクォーツムーブメント比率を急速に高め、1980年には自社全生産の57.3%、1984年には9割超がクォーツとなった。だが価格競争はスイス時計業界全体を圧迫し、ロンジンの親会社ASUAGも経営の落ち込みを免れなかった。1983年、ASUAGはオメガを擁するSSIHと合併してASUAG-SSIH(1985年にSMHへ改称、後のスウォッチ・グループ)を発足させる。ロンジンはこのとき大手グループの一翼となり、グループ内でアクセシブルなラグジュアリーの位置を占める道を歩み始めた。
06アーカイブの再生と現在
21世紀のロンジンは、自社の歴史をプロダクトとして語り直す方向に舵を切った。2005年に登場したマスター・コレクションは、ムーンフェイズや年次カレンダーといった穏当な複雑機構を備えた中核ドレスラインとして定着し、2007年にはダイバーのハイドロコンクエストが加わる。2013年には国際馬術連盟(FEI)と長期パートナーシップを締結し、馬術競技の公式計時という肩書を確かなものにした。
2020年に就任したマティアス・ブレシャンの時代には、レジェンドダイバー、ウルトラ・クロン、コンクエスト・ヘリテージ、パイロット・マジェテックなど、アーカイブから掘り起こされたモデルが連続的に投入された。2020年のスピリット・コレクション始動、2022年のスピリット・ズールータイム、2023年のコンクエスト刷新を経て、2025年にはデュアルタイム腕時計100周年を記念するスピリット・ズールータイム1925が発表される。同年6月、ブレシャンは個人的事情によりCEOを退き、中東・アジア地域責任者を務めてきたパトリック・アウンが新CEOに就任した。工場はいまもサン・ティミエにあり、年間およそ150万本の時計を作り続けているとされる。