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BRAND · CH · EST. 1860

Chopard

ショパール

1860年創業、家族経営を貫きつつ宝飾と機械式時計の両言語を磨き続けるスイス・ショイフレ家のマニュファクチュール

COUNTRY
CH
FOUNDED
1860
HEADQUARTERS
スイス ジュネーブ(マニュファクチュールはフルリエ)
GROUP
ショイフェレ家(非公開・家族経営)
FOUNDERS
ルイ=ユリス・ショパール(Louis-Ulysse Chopard)
01 — OVERVIEW

概要

ショパール(Chopard)は、1860年にルイ=ユリス・ショパールがスイス・ジュラ地方ソンヴィリエで創業した時計・宝飾ブランドである。1963年以来、ドイツ出身のショイフレ家による独立家族経営が続き、現在はカール=フリードリッヒとカロリーヌの兄妹が共同社長を務める。本拠ジュネーブと、自社ムーブメントを製造するフルリエの二拠点を持つ。1996年に始動したL.U.Cコレクションが機械式時計師としての正統性を支え、ハッピースポーツやアルパイン イーグルが宝飾的感性と現代的スポーツウォッチの語彙を担う。2018年に全使用金を倫理的調達へ切り替えた取り組みでも知られる。

02 — PHILOSOPHY

設計思想

What this house values

ショパールの思想を貫くのは、家業としての連続性と、異なる二つの伝統――時計と宝飾――を等価に扱う姿勢である。

機構面では、1996年のフルリエ・マニュファクチュール設立以後、自社開発キャリバーへの一貫した投資が続いている。マイクロローター方式の薄型自動巻きを設計の中核に据え、複数香箱による長時間パワーリザーブを追求してきた。代表的な「クアトロ」テクノロジーは4つの香箱を直列に連結し、約216時間(9日間)の駆動を実現する独自構造である。L.U.Cの上位モデルはCOSC認定とジュネーブ・シール(ポワンソン・ド・ジュネーブ)の双方を取得しており、ジュネーブで仕上げ工程を担う社内体制が、その品質保証を可能にしている。

意匠面では、宝飾の文法と時計の文法を併走させる姿勢が際立つ。ハッピーダイヤモンドに始まる「自由に動く石」の発想は、宝石を留め金で固定するという伝統的な宝飾の前提を覆した。一方でL.U.Cコレクションは、ギヨシェ装飾や手仕上げのアングラージュなど、古典的なオート・オルロジュリーの語彙を踏襲する。同じブランドの内部で、装飾性と機構性、官能と論理が並立している点に、設計哲学が表れる。

商業哲学としては、ショイフレ家による独立家族経営の維持と、サプライチェーンの内製化が骨格となる。2018年に同社が宣言した「100%倫理的調達ゴールド」への移行は、ラグジュアリーブランドの素材調達のあり方に問題提起を投じた取り組みとして知られる。フェアマインド認証金、SBGA(スイス・ベター・ゴールド協会)、RJC・チェーン・オブ・カストディの三系統を通じ、産地から精錬までの追跡可能性を確保している。

結果として、ショパールは複雑機構の頂点を競うだけの競争にも、大量生産による市場占有の戦略にも与しない。代わりに選ばれたのは、自社マニュファクチュールの段階的成長、宝飾と時計の同時進化、そしてサスティナビリティを通じた長期的なブランド価値の積み上げという、ゆるやかだが一貫した道筋である。

03 — STORY

物語

A narrative of the house

01ソンヴィリエの工房から

スイス・ジュラ地方の小村ソンヴィリエに、24歳のルイ=ユリス・ショパール(1836–1915)が工房を構えたのは1860年のことである。父の勧めで地域の伝統だった懐中時計製造を学んだ彼は、やがて独立の道を選んだ。

当初の事業は、ムーブメントの製造ではなく完成品としての時計販売に重心を置いた。完成品の方が利益率が高いという判断が背景にあったと伝わる。製品は薄型かつ高精度の懐中時計で、東欧、スカンディナヴィア、そしてロシアへと顧客を広げていった。皇帝ニコライ2世への納入を含む実績が伝えられているが、その規模や経緯の詳細は資料によって幅がある。

02二代、三代を経てジュネーブへ

家業は1914年から1917年にかけて息子ポール=ルイへ段階的に移り、創業者はその途中の1915年に没した。会社は1920年代初めにラ・ショー=ド=フォンへ移る。1937年には時計産業の中心地ジュネーブへ拠点を移し、孫ポール=アンドレが家業を担った。地方の村工房から都市型企業への変貌の試みであった。

しかしポール=アンドレには、家業を継ぐ子が現れなかった。1950年代から1960年代にかけて、彼は信頼できる買い手を探し続ける。スイスの伝統工芸を絶やしたくないという思いが、その慎重な姿勢の背景にあったと伝わる。

03ショイフレ家の到来

1963年、ドイツ・プフォルツハイムで宝飾と時計の事業を営むカール・ショイフレ3世がジュネーブを訪れた。スイスの製造拠点を求めていたショイフレと、後継者を探していたポール=アンドレは、初対面の場で売買をまとめたという。「30分以内に買いたいと決めた」という後年のショイフレの述懐は、両家の縁の偶然性を示すエピソードとして繰り返し語られる。

買収当時のショパールは、年間生産が限られた小規模な工房であった。ショイフレ夫妻は、自社による金合金の精錬を含む垂直統合を進め、宝飾と時計を両輪とする事業構造を作り上げていく。

04ハッピーダイヤモンドからサンモリッツへ

1976年、社内デザイナーのロナルド・クロウスキは、休暇中にシュヴァルツヴァルトを歩き、滝に降り注ぐ陽光に魅せられた。水滴が虹色に煌めく光景を時計の意匠へと翻訳できないか――その問いから生まれたのが「ハッピーダイヤモンド」である。サファイアクリスタル2枚の間で自由に転がる石が、引っ掻き傷を残さずに保持されるよう、ダイヤモンドは面取りされた金製カプセルに収められた。

1980年、22歳のカール=フリードリッヒ・ショイフレが手がけた「サンモリッツ」が登場する。ショパールにとって初のスポーツウォッチで、金の宝飾時計を主力とする会社が鋼を選んだ点でも異例だった。父カールの反対を粘り強く説得して実現させたという経緯は、後年のアルパイン イーグル誕生の伏線ともなる。

1988年からは、若きカール=フリードリッヒの私的情熱が事業に反映される形で、イタリアのクラシックカーレース「ミッレミリア」とのパートナーシップが始まった。時計業界とモータースポーツの長期的提携の先駆例として知られる関係である。

05フルリエでの再起――マニュファクチュール化

1993年、カール3世の娘カロリーヌ・ショイフレが手がけた「ハッピースポーツ」は、スチールとダイヤモンドを組み合わせるという当時のタブーに挑んだ。「ジムでも、オフィスでも、夕食の席でも身につけられる時計」という設計意図は、女性向けスポーツウォッチの新しい類型を切り拓いた。

1996年は、ブランドにとってもう一つの転機となる。ジュネーブから45キロ離れたフルリエに自社マニュファクチュールが設立され、初の自社製キャリバーL.U.C 1.96(現96.01-L)が発表されたのである。ミシェル・パルミジャーニとの共同開発によるこの自動巻きムーブメントは、薄型のマイクロローターと二つの香箱による65時間パワーリザーブを備え、コレクター市場でも高く評価された。創業者ルイ=ユリス・ショパールの頭文字を冠したL.U.Cコレクションは、ブランドの時計師としての正統性を回復させる役割を担った。

06倫理的調達とアルパイン イーグル

2013年、ショパールは「ジャーニー・トゥ・サスティナブル・ラグジュアリー」を始動する。2014年からカンヌ国際映画祭のパルム・ドールはフェアマインド認証金で製作され、2018年7月にはブランドが使用する金のすべてが100%倫理的調達由来となった。

2019年に発表された「アルパイン イーグル」は、第三世代のカール=フリッツ・ショイフレが祖父カールの密かな支持を得ながら、父カール=フリードリッヒを説得して実現させたモデルである。サンモリッツの再解釈という発想は、約40年前にカール=フリードリッヒが父を説得した構図を反復している。ショイフレ家の三世代にわたる連続性が、現代的なスポーツウォッチとして結実した作例と言える。

04 — HISTORY

歴史

A factual chronology

ショパールの歴史は、1860年、24歳のルイ=ユリス・ショパール(1836–1915)がスイス・ジュラ地方の村ソンヴィリエに高精度時計工房を設立したことに始まる。創業当初は懐中時計とクロノメーターの製造に専念し、その精度と品質はやがて東欧やロシアの顧客にも評価されたと伝わる。皇帝ニコライ2世への納入記録は複数の二次資料に登場するが、一次資料の確認は限定的である。

創業者の存命中の1914年に、息子ポール=ルイへの事業の承継が始まった。承継は1917年までに段階的に進み、創業者は1915年に没している。拠点は1920年代初めのラ・ショー=ド=フォンを経て、1937年にスイス時計産業の中心地ジュネーブへ移った。ジュネーブで家業を担った孫ポール=アンドレは後継者問題に直面し、買い手を探す道を選んだ。

1963年、ドイツ・プフォルツハイムの宝飾時計商カール・ショイフレ3世がショパールを買収する。スイスの製造拠点を求めていたショイフレ家と、後継者を必要としていたショパール家の利害が一致した結果であった。買収当初の生産規模はごく小さかったとされるが、ショイフレ夫妻は時計と宝飾の両面で事業を再構築していった。

1976年、社内デザイナーのロナルド・クロウスキの発案による「ハッピーダイヤモンド」が発表される。サファイアクリスタル2枚の間で自由に踊るダイヤモンドという独自機構は、その後のブランドを象徴する意匠となった。1980年にはカール3世の息子カール=フリードリッヒ・ショイフレが22歳でステンレススチール製スポーツウォッチ「サンモリッツ」を手がけた。

1988年、イタリアのクラシックカーレース「ミッレミリア」のオフィシャル・タイムキーパーとなる。1993年にはカロリーヌ・ショイフレが「ハッピースポーツ」を発表、1994年に「インペリアーレ」が登場した。1996年にはフルリエに自社マニュファクチュール「ショパール・マニュファクチュール」を設立し、初の自社製キャリバーL.U.C 1.96(現96.01-L)を発表している。1998年からはカンヌ国際映画祭のオフィシャル・パートナーとなり、最高賞パルム・ドールのトロフィー製作を担当した。

2008年にはフルリエに第二の生産拠点「フルリエ・エボーシュ」を新設。2013年に「ジャーニー・トゥ・サスティナブル・ラグジュアリー」を始動し、2014年からパルム・ドールがフェアマインド認証金で製作されている。2018年7月以降、ブランドが使用する金はすべて倫理的調達による100%認証ゴールドへと移行した。2019年に発表された「アルパイン イーグル」は、サンモリッツの再解釈として第三世代のカール=フリッツ・ショイフレが企画した作品である。現在もショイフレ家による独立家族経営が維持されている。

05 — SERIES OVERVIEW

シリーズ概観

How the series relate

ショパールのコレクションは、機械式高級時計の系譜と、宝飾発祥の意匠の系譜が並走しつつ、近年は両者の境界を越えた作品が増えている。

L.U.Cは、1996年のマニュファクチュール設立とともに始まった機械式高級時計のフラッグシップである。自社キャリバーの開発・装飾・組立をフルリエで完結させ、薄型自動巻きの96系から、4つの香箱による9日巻きパワーリザーブを誇るクアトロ系、トゥールビヨンや永久カレンダーを擁する複雑時計まで、機構の幅は広い。多くがCOSC認定とジュネーブ・シールを併取する。

ハッピーダイヤモンド / ハッピースポーツは、宝飾と時計の交差点に位置するブランドの代名詞である。1976年のハッピーダイヤモンド(当初は男性用)から始まった「自由に動く石」の発想を、1993年にカロリーヌ・ショイフレがスポーツウォッチへ翻案したのがハッピースポーツ。以後、1,000を超えるバリエーションが派生したと伝わる。

ミッレミリアは、1988年に始まったイタリアの伝統的クラシックカーレースとのパートナーシップから派生したクロノグラフ・コレクションである。初期のクォーツモデルから、1997年以降は機械式クロノグラフへと移行した。レースモチーフを抑制した意匠と、毎年の特別エディションの存在が特徴である。

インペリアーレは、1994年に登場した女性向けコレクションで、古代ローマの意匠を想起させる装飾――剣形の針、ローマ数字、蓮花形リューズ――を持つ。2010年代以降は機構面の充実も進み、自社キャリバー09.01-Cを搭載するモデルも展開されている。

アルパイン イーグルは2019年に登場した、サンモリッツ(1980年)の現代的再解釈である。70%リサイクル素材から作られる独自素材「ルーセント・スチール A223」を採用したケースと、鷲の虹彩を意匠化したダイヤルが特徴。一体型ブレスレットの高級スポーツウォッチという領域に、ブランド独自の解を示した。

このほか、女性向けのラ・ストラーダ(1994年)、ユニセックスのアイス・キューブなどが現行ラインに含まれる。

06 — SERIES

代表シリーズ

Lineages of one house
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07 — CALIBERS キャリバー一覧 →

主要キャリバー

Movements of the house
08 — CULTURAL

文化との接点

Where this house meets the wider world

ショパールが文化と接続する最も知られた接点は、1998年から続くカンヌ国際映画祭との関係である。最高賞パルム・ドールのトロフィー本体は、1997年にカロリーヌ・ショイフレと当時の映画祭代表ピエール・ヴィオが対話したことを契機に、現行のデザインへと改められた。19枚の金製の葉とロッククリスタル製の基台からなる構造で、2014年以降はフェアマインド認証金で製作されている。

もうひとつの主要な接点が、1988年から続くミッレミリアへの関与である。1927年にブレシアで創始された約1,000マイルのクラシックカー耐久ラリーに、ショパールはオフィシャル・タイムキーパーとして関わり続けている。これはカール=フリードリッヒ・ショイフレ個人の自動車愛好に端を発したスポンサーシップであり、毎年の特別エディション・クロノグラフの発表へとつながった。長期にわたる時計ブランドとモータースポーツの提携例として、業界内で繰り返し参照される。

赤いカーペットと、銀色のクラシックカーが連なる石畳のレース路。性格の異なる二つの祭典が、ともにショパールの文化的アイデンティティを形づくっている。

— SOURCES

出典

本文の執筆にあたって参照した資料。閲覧日は内容を確認した日を示す。

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