物語
01ソンヴィリエの工房から
スイス・ジュラ地方の小村ソンヴィリエに、24歳のルイ=ユリス・ショパール(1836–1915)が工房を構えたのは1860年のことである。父の勧めで地域の伝統だった懐中時計製造を学んだ彼は、やがて独立の道を選んだ。
当初の事業は、ムーブメントの製造ではなく完成品としての時計販売に重心を置いた。完成品の方が利益率が高いという判断が背景にあったと伝わる。製品は薄型かつ高精度の懐中時計で、東欧、スカンディナヴィア、そしてロシアへと顧客を広げていった。皇帝ニコライ2世への納入を含む実績が伝えられているが、その規模や経緯の詳細は資料によって幅がある。
02二代、三代を経てジュネーブへ
家業は1914年から1917年にかけて息子ポール=ルイへ段階的に移り、創業者はその途中の1915年に没した。会社は1920年代初めにラ・ショー=ド=フォンへ移る。1937年には時計産業の中心地ジュネーブへ拠点を移し、孫ポール=アンドレが家業を担った。地方の村工房から都市型企業への変貌の試みであった。
しかしポール=アンドレには、家業を継ぐ子が現れなかった。1950年代から1960年代にかけて、彼は信頼できる買い手を探し続ける。スイスの伝統工芸を絶やしたくないという思いが、その慎重な姿勢の背景にあったと伝わる。
03ショイフレ家の到来
1963年、ドイツ・プフォルツハイムで宝飾と時計の事業を営むカール・ショイフレ3世がジュネーブを訪れた。スイスの製造拠点を求めていたショイフレと、後継者を探していたポール=アンドレは、初対面の場で売買をまとめたという。「30分以内に買いたいと決めた」という後年のショイフレの述懐は、両家の縁の偶然性を示すエピソードとして繰り返し語られる。
買収当時のショパールは、年間生産が限られた小規模な工房であった。ショイフレ夫妻は、自社による金合金の精錬を含む垂直統合を進め、宝飾と時計を両輪とする事業構造を作り上げていく。
04ハッピーダイヤモンドからサンモリッツへ
1976年、社内デザイナーのロナルド・クロウスキは、休暇中にシュヴァルツヴァルトを歩き、滝に降り注ぐ陽光に魅せられた。水滴が虹色に煌めく光景を時計の意匠へと翻訳できないか――その問いから生まれたのが「ハッピーダイヤモンド」である。サファイアクリスタル2枚の間で自由に転がる石が、引っ掻き傷を残さずに保持されるよう、ダイヤモンドは面取りされた金製カプセルに収められた。
1980年、22歳のカール=フリードリッヒ・ショイフレが手がけた「サンモリッツ」が登場する。ショパールにとって初のスポーツウォッチで、金の宝飾時計を主力とする会社が鋼を選んだ点でも異例だった。父カールの反対を粘り強く説得して実現させたという経緯は、後年のアルパイン イーグル誕生の伏線ともなる。
1988年からは、若きカール=フリードリッヒの私的情熱が事業に反映される形で、イタリアのクラシックカーレース「ミッレミリア」とのパートナーシップが始まった。時計業界とモータースポーツの長期的提携の先駆例として知られる関係である。
05フルリエでの再起――マニュファクチュール化
1993年、カール3世の娘カロリーヌ・ショイフレが手がけた「ハッピースポーツ」は、スチールとダイヤモンドを組み合わせるという当時のタブーに挑んだ。「ジムでも、オフィスでも、夕食の席でも身につけられる時計」という設計意図は、女性向けスポーツウォッチの新しい類型を切り拓いた。
1996年は、ブランドにとってもう一つの転機となる。ジュネーブから45キロ離れたフルリエに自社マニュファクチュールが設立され、初の自社製キャリバーL.U.C 1.96(現96.01-L)が発表されたのである。ミシェル・パルミジャーニとの共同開発によるこの自動巻きムーブメントは、薄型のマイクロローターと二つの香箱による65時間パワーリザーブを備え、コレクター市場でも高く評価された。創業者ルイ=ユリス・ショパールの頭文字を冠したL.U.Cコレクションは、ブランドの時計師としての正統性を回復させる役割を担った。
06倫理的調達とアルパイン イーグル
2013年、ショパールは「ジャーニー・トゥ・サスティナブル・ラグジュアリー」を始動する。2014年からカンヌ国際映画祭のパルム・ドールはフェアマインド認証金で製作され、2018年7月にはブランドが使用する金のすべてが100%倫理的調達由来となった。
2019年に発表された「アルパイン イーグル」は、第三世代のカール=フリッツ・ショイフレが祖父カールの密かな支持を得ながら、父カール=フリードリッヒを説得して実現させたモデルである。サンモリッツの再解釈という発想は、約40年前にカール=フリードリッヒが父を説得した構図を反復している。ショイフレ家の三世代にわたる連続性が、現代的なスポーツウォッチとして結実した作例と言える。