8800
2016年、コーアクシャル脱進機とSi14ヒゲゼンマイを継ぐOmegaのMaster Chronometer中核キャリバー
Cal. 8800は、Omegaが2016年に発表した自社製の自動巻ムーブメントである。直径26mm、厚さ4.60mm、振動数25,200vph (3.5Hz)、35石、パワーリザーブ55時間。George Daniels考案のコーアクシャル脱進機と、Si14シリコンヒゲゼンマイによるフリースプラングを備え、15,000ガウスまでの耐磁性能を確保する。スイス連邦計量・認定庁(METAS)が定めるMaster Chronometer認定キャリバーで、Seamaster Planet Ocean 600M 39.5mmを初搭載機とし、Seamaster Diver 300M、Aqua Terra等に幅広く搭載される。
| Maker | Omega |
|---|---|
| Reference | 8800 |
| Type | Automatic |
| Display | Analog |
| Frequency | 25,200 bph (3.5 Hz) |
| Jewels | 35 石 |
| Power reserve | 55 h |
| Movement ⌀ | 26 mm |
| Hands | Hours, Minutes, Seconds |
| Date | Date |
| Additional | Chronometer, Co-Axial Escapement |
系譜と歴史
コーアクシャル系譜のなかでの位置
Cal. 8800を理解するには、Omegaのコーアクシャル機構を巡る20年の系譜を辿る必要がある。1999年、Omegaは英国の独立時計師George DanielsのCo-Axial脱進機を量産化したCal. 2500を発表した。これはETA 2892-A2をベースに脱進機を換装したものだったが、Omegaが完全自社設計の機械式ムーブメントへと舵を切ったのは2007年のCal. 8500からである。8500はツインバレル直列、コーアクシャル、自社設計の地板から組み上げられ、Omegaが「ETAベースのブランド」から脱却する起点となった。
2013年、Aqua Terra > 15,000 Gaussが登場し、シリコンヒゲゼンマイとNivagauss素材により15,000ガウス耐磁を達成する。2015年、これらの蓄積を集約する形でMETAS Master Chronometer認定が始まり、初代搭載機Globemaster (Cal. 8900) が誕生した。Cal. 8800はこの一年後、2016年に登場する。
2016年、中型ケースへの最適化
Cal. 8900はツインバレル構造で60時間のパワーリザーブを誇る一方、ムーブメント径も大きく、厚みも増す。Omegaは、Planet Oceanの新サイズ展開である39.5mmケースに、より小型かつ厚みを抑えたMaster Chronometer級ムーブメントを求めていた。その回答がCal. 8800である。8900のツインバレルをシングルに簡素化し、パワーリザーブは55時間に短縮されたが、Master Chronometer認定、Si14ヒゲゼンマイ、コーアクシャル脱進機といった現代Omegaの基幹要素を完全に継承した。
初搭載は2016年のPlanet Ocean 600M Co-Axial Master Chronometer 39.5mmであり、続いて2018年のバーゼルワールドで発表された新生Seamaster Diver 300Mに採用された。この採用は象徴的だった。Diver 300Mは1993年の初代以来、ETA 2892-A2系をベースとするCal. 1109/1120、続いて2006年からCal. 2500を搭載してきた、Omegaの「ETAベース時代」を体現するモデルだった。Cal. 8800の搭載は、Diver 300Mが完全自社製キャリバー時代へと移行した節目を意味する。
派生キャリバー群
8800を基幹として、複数の派生型が展開されている。Cal. 8801は天輪受とローターを18Kセドナゴールドに置き換えた高級仕様で、Diver 300Mのゴールドモデル等に搭載される。Cal. 8806はデイト機構を省いた三針仕様で、2017年の新Railmaster復刻で初登場し、後にNo Time to Die限定モデルや、デイト無し版のDiver 300Mにも採用された。Cal. 8807は8806のセドナゴールド仕様にあたる。
8500/8900体系との棲み分け
Cal. 8500系(8500/8400)、Cal. 8900系(8900/8400後継)、そしてシングルバレル簡素版である8800系(8800/8801/8806/8807)という階層構造により、Omegaは自社製機械式ムーブメントを価格帯とサイズ帯の両軸で立体的にカバーする体制を整えた。Cal. 8800は、Master Chronometerという最新規格を中型ケースと中価格帯にまで降ろした「普及版の旗艦」とも呼べる位置にある。
技術解説
基本構造と振動数
Cal. 8800は、直径26mm(11.5リーニュ)、厚さ4.60mm、35石の自動巻機械式ムーブメントである。振動数は25,200vph (3.5Hz) と現代としてはやや低い数値だが、これはOmegaがコーアクシャル脱進機の最適周波数として導いた値である。先代のCal. 2500は当初28,800vphで稼働していたが、改良型のCal. 2500Cで25,200vphへ落とされた。低い振動数は脱進機にかかる滑り摩擦を抑え、潤滑油の経年劣化に対する精度の頑健性を高めるという設計思想に基づく。
コーアクシャル脱進機
中核機構は、1974年にGeorge Danielsが考案したコーアクシャル脱進機である。スイス・レバー脱進機が一枚のレバーで「解錠」と「インパルス(エネルギー伝達)」を兼ねるのに対し、コーアクシャル脱進機はこの二機能を異なる平面と部品に分離する。同軸構造の三段ホイールと専用パレット形状により、滑り摩擦が大幅に減少し、潤滑油への依存が下がる構造である。結果としてサービス推奨間隔は8〜10年と長く、油の経年劣化による精度低下も抑えられるとされる。Omegaは1999年のCal. 2500でこれを工業的に量産化し、以後すべての機械式コアキャリバーに採用してきた。
耐磁機構:Si14シリコンヒゲゼンマイとNivagauss
テンプは緩急針を持たないフリースプラング形式で、ヒゲゼンマイにはOmega独自のSi14シリコン素材を採用する。シリコンは常磁性で外部磁場の影響を受けず、温度変化による弾性率の変動も金属系より小さい。衝撃で永久変形しにくく、形状記憶性にも優れる。さらにガンギ車軸・アンクル軸など主要部品にはNivagaussと呼ばれる非磁性合金が使われ、ムーブメント全体としてISO 764の基準(60ガウス)を大きく超える15,000ガウスの耐磁性能を確保している。耐衝撃機構には非晶質合金を用いたNivachocが採用される。
Master Chronometer認定
Cal. 8800は、Omegaがスイス連邦計量・認定庁(METAS)と共同で2015年に策定したMaster Chronometer規格に適合する。認定プロセスはまずムーブメント単体でCOSCのISO 3159規格(日差-4/+6秒)を取得し、その後ケーシング済みの完成時計に対し、METASが8項目の追加試験を実施する。15,000ガウスの強磁場曝露下と曝露後の精度、6姿勢における日差、パワーリザーブ全域での精度維持等が審査され、最終的に日差0/+5秒(キャリバー径により基準は変動)以内が要求される。試験結果は個体ごとに記録され、所有者はシリアル番号からWeb上で確認できる体制が整えられている。
自動巻と仕上げ
ローターは両方向巻上げ式で、ボールベアリング軸で支持される。香箱は単一構成で55時間のパワーリザーブを発生させ、内部にはDLCコーティングを施し摩擦を低減している。仕上げはローター・受板ともにロジウムプレートで、コートドジュネーブ・アラベスク(放射状の波紋)が刻まれ、サファイアシースルーバックを持つモデルではこの装飾を直接観察できる構成となる。
デイト機能はリューズ2段目から操作する一方向クイックチェンジ式で、上位機Cal. 8900のジャンピングアワー(時針独立調整)機構は搭載しない。設計はより伝統的なクラウン操作体系を維持しており、これがCal. 8800の中位機としての位置づけを象徴する仕様差となっている。