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BRAND · CH · EST. 1775

Breguetブレゲ

Country
CH
Founded
1775
Headquarters
スイス ラベイ
Group
スウォッチ グループ
Founders
アブラアン=ルイ・ブレゲ
Web
www.breguet.com ↗

トゥールビヨンを生み、史上初の腕時計を世に問うた — 近代機械式時計の発明史そのものを刻むパリ生まれの工房

01 — 概要 / OVERVIEW

1775年、アブラアン=ルイ・ブレゲがパリ・シテ島オルロージュ河岸に工房を開いたことに始まる老舗。トゥールビヨン(1801年特許)、ペルペチュエルと呼ばれる自動巻き機構の実用化、リピーター用ゴングスプリング、1812年に納品された史上初の腕時計など、近代機械式時計の意匠と機構を成す系譜をその名に冠する。1976年に製造拠点をスイス・ヴァレ・ド・ジューへ移し、1999年よりスウォッチ グループ傘下。2025年に創業250周年を迎えた。

02 — Philosophy

設計思想

What this house values

ブレゲの設計思想は、機構の純粋性、視覚の明晰性、歴史の継承という三本の柱に支えられている。

機構面では、アブラアン=ルイが残した発明と改良 — リピーター用ゴングスプリング(1783年)、ブレゲ・バランス(オーバーコイル)、パラシュート緩衝装置、ペルペチュエルと呼ばれる自動巻き機構の実用化、1801年特許のトゥールビヨン、ソヌリ、モントル・ア・タクト — を、現代の素材と工法で再解釈することを軸に据える。スウォッチ グループの研究機関と連携し、2006年からシリコン製ガンギ車・アンカー・ヒゲゼンマイを段階的に量産品へ採用、2010年にはタイプXXIIで毎時72,000振動 (10Hz) の機械式クロノグラフを実現した。歴史的形式をなぞるだけではなく、その思想を新素材で更新する姿勢である。

意匠面では、コインエッジのケース側面、ギヨシェ彫りの文字盤、ブレゲ針、ブレゲ数字、シークレットサインといった視覚言語を厳格に維持する。これらは1780年代から1800年頃にかけて創業者が確立したコードであり、現行のクラシック、トラディションなど全コレクションに通底する。文字盤上の情報密度を抑え可読性を最優先する姿勢は、装飾過多に流れた同時代のジュネーブ流とは異なる方向性を歩んできた。

商業哲学としては、王侯貴族から科学者・芸術家まで幅広い顧客に時計を供給したアブラアン=ルイの姿勢を受け継ぐ。1787年以降のすべての販売記録が保管されている事実そのものが、ブランドのアイデンティティを支えている。

03 — Story

物語

A narrative of the house

1. シテ島の工房

1775年、28歳のアブラアン=ルイ・ブレゲは、パリ・シテ島オルロージュ河岸39番地に工房を構えた。スイス・ヌーシャテル生まれの彼は少年期に継父の薦めでヴェルサイユに渡り、ベルトゥとルピーヌのもとで時計技術を学んでいる。同時に神父マリーから物理・光学・天文の知識を吸収した。職人と学者の両側面を持つ稀有な素地が、後の発明の連鎖を生み出すことになる。

開業から数年で家庭は試練に襲われる。1780年、妻セシルが28歳で亡くなった。失意の中で完成させたのが、自動巻きの懐中時計「ペルペチュエル」である。スイスのアブラアン=ルイ・ペレレが1777年頃に提示した自動巻き機構を、ブレゲは独自の改良を加えてパリ社交界へ送り出し、自動巻き懐中時計を高級時計の文脈に定着させた。続いて1783年にはリピーター用ゴングスプリングを発明し、同年に針と数字の意匠を確立した。マリー・アントワネットやルイ16世から注文が入り始めたのもこの時期である。

2. 革命と亡命

1789年に始まったフランス革命は、宮廷を主要顧客とするブレゲ工房を直撃した。1793年、革命家マラの取り計らいで通行証を得たブレゲは、家族を伴いスイスへ逃れたと伝わる。1795年にパリへ戻ると、戦災で疲弊した市場に向けて新たな商品設計に着手した。

その答えが、1796年に着想され翌年から販売された「ソヌクリプション(予約販売)」である。中央巻きの大型香箱を持つ簡素な単針時計で、注文時に代金の四分の一を前納する方式を採った。広告冊子を用いた告知手法そのものが当時として斬新であり、ブレゲ工房の経営を立て直した。

3. トゥールビヨンと帝政期

1801年6月26日、ブレゲは重力に起因する歩度の不規則性を補正する装置 — トゥールビヨン — の特許を取得した。脱進機全体をキャリッジに収め、1分で一回転させることで姿勢差を平均化する着想である。理論は明快ながら製造は困難を極め、1805年にようやく最初の市販品が完成。創業者の存命中に出荷されたトゥールビヨン搭載機は約35本にとどまる。

1808年にはサンクトペテルブルクに支店「ロシア館」を開設。1810年、ナポリ王妃カロリーヌ・ミュラ(ナポレオンの妹)から「ブレスレット用のリピーター時計」が注文された。No.2639として記録されたこの楕円形の時計は1812年に納品され、髪と金糸を編んだストラップに装着された史上初の腕時計と伝わる。

1814年に経度局会員、1815年にはルイ18世により王立海軍御用時計師に任ぜられ、1816年には科学アカデミー会員に選出されレジオン・ドヌール勲章を受勲した。1823年9月17日、アブラアン=ルイは76歳でパリに没する。マリー・アントワネット用に1783年に依頼された懐中時計No.160は、息子アントワーヌ=ルイと孫ルイ=クレマンの手で1827年に完成した。

4. ブラウン家の100年と20世紀の試練

1870年、創業家の継承が途絶え、工房長を務めていたイギリス人エドワード・ブラウンが経営を引き継いだ。以後3世代にわたるブラウン家統治のもと、海洋クロノメーターや航空計器の供給で名を保つ。創業家の末裔ルイ=シャルル・ブレゲは航空機製造に進み、1929年には彼が手掛けた「ブレゲ19TR」が南大西洋無着陸横断に成功するなど、航空との縁も深まった。

1950年代、フランス国防省の仕様要求に応じてフライバック・クロノグラフ「タイプ20」を開発、フランス空軍と海軍航空隊に納入された。これが現行タイプXXシリーズの原型である。

5. 危機と再生、そして250年

1970年、ブラウン家はパリの宝飾商ショーメ兄弟に売却した。ショーメ家はダニエル・ロトを擁してブランドを再建しようと試み、1976年に工房をパリからスイスのヴァレ・ド・ジューに移した。しかし1987年6月、兄弟は経営破綻と詐欺で逮捕され、ブレゲは投資会社インベストコープに渡る。1994年、ラベイのジュー湖畔に新工場を構えた。

1999年9月14日、ニコラ・G・ハイエック率いるスウォッチ グループがブレゲを約2億スイスフランで買収。ハイエックは個人的にブランド再建を指揮し、ルマニアの統合(2003年)、シリコン素材の本格採用(2006年〜)、パリ・ヴァンドーム広場のミュージアム開設(2000年)など、矢継ぎ早に投資を行った。2008年にはマリー・アントワネット用No.160の完全復元版No.1160を発表している。

2024年10月1日、オメガで20年以上製品開発を担ったグレゴリー・キスリングがCEOに就任。2025年の創業250周年では、1796年のソヌクリプション懐中時計を腕時計化した「クラシック・ソヌクリプション 2025」を皮切りに、新ロゴと18Kブレゲ・ゴールド合金を含む段階的な刷新が進められている。

04 — History

歴史

A factual chronology

1747年1月10日、アブラアン=ルイ・ブレゲがスイス・ヌーシャテルに生まれた。15歳でフランス・ヴェルサイユに渡り、ベルトゥとルピーヌのもとで時計修業を積んだ後、1775年にパリ・シテ島オルロージュ河岸39番地に自らの工房を構えた。これがブレゲ社の始まりである。

1780年に自動巻きの懐中時計「ペルペチュエル」を発表し、1783年にはリピーター用ゴングスプリングを考案。同じ頃にブレゲ針とブレゲ数字を確立し、1786年にはギヨシェ装飾のダイヤルを採用した。1793年、フランス革命の混乱を避けて家族とともにスイスへ亡命。1795年にパリへ戻ると、ブレゲ・バランス、パラシュート緩衝装置、ソヌクリプション懐中時計など新案を矢継ぎ早に発表した。1801年6月26日、トゥールビヨンの特許を取得する。1810年にはナポリ王妃カロリーヌ・ミュラから史上初の腕時計の注文を受け、1812年に納品した。1814年に経度局会員、1815年にルイ18世により王立海軍御用時計師に任ぜられ、翌年には科学アカデミー会員となりレジオン・ドヌール勲章を受勲した。

1823年9月17日、創業者アブラアン=ルイがパリで没する。息子アントワーヌ=ルイ、孫ルイ=クレマンが事業を継承し、1827年にはマリー・アントワネット用に1783年に依頼されていた懐中時計No.160が完成した。1870年、創業家から工場長エドワード・ブラウンへ経営権が移譲され、以後ブラウン家が約100年にわたって舵を取る。同時期にヴァレ・ド・ジューの製造資源との関係が深まる。1950年代にはフランス国防省向けにフライバック・クロノグラフ「タイプ20」を開発し、空軍と海軍航空隊に納入した。

1970年、ブラウン家がパリの宝飾商ショーメ兄弟に売却。1976年にはパリからスイスのヴァレ・ド・ジューへ工房を移転した。1987年6月、ショーメ兄弟が経営破綻により逮捕され、ブレゲは投資会社インベストコープへ売却される。1994年にラベイの新工場が完成し、1999年9月14日、スウォッチ グループが約2億スイスフランで買収。ニコラ・G・ハイエックが会長兼CEOに就任した。2003年にはルマニアを統合し、現在のマニュファクチュールが整った。2008年、復元版マリー・アントワネット懐中時計 No.1160 が公開。2024年10月1日、グレゴリー・キスリングがCEOに着任。2025年、創業250周年を迎えている。

05 — Series overview

シリーズ概観

How the series relate

ブレゲの現行コレクションは、創業者の遺産と現代の技術を異なる角度から結ぶ六つの軸で構成される。

クラシック (Classique) は、ギヨシェ彫り、ブレゲ針、ブレゲ数字といったアブラアン=ルイの意匠コードを忠実に継承するドレスウォッチ群。トゥールビヨン、永久カレンダー、ミニッツリピーターまで複雑機構を網羅し、ブランドの中核を成す。2025年に発表されたクラシック・ソヌクリプション 2025 は、1796年の単針懐中時計を腕時計化した250周年記念作である。

トラディション (Tradition) は、1796年のソヌクリプション懐中時計の機構美を文字盤側に露出させた、2005年発表のシリーズ。中央香箱を軸とした左右対称のブリッジ構造を見せる設計で、シリコン製脱進機による現代的更新が同居する。

マリーン (Marine) は、1815年にアブラアン=ルイがフランス王立海軍御用時計師に任ぜられた史実を起点とするスポーティライン。波形ギヨシェの文字盤と頑強なケースを特徴とし、海洋クロノメーターの伝統を現代的に翻案する。

タイプXX・XXI・XXII (Type XX/XXI/XXII) は、1950年代のフランス軍向けパイロット用クロノグラフを源流とするツールウォッチ。フライバック機構とコインエッジ装飾の融合が他社にない個性を生んでいる。2023年には自社製クロノグラフ機構を搭載した新世代へ移行した。

レーヌ・ド・ナップル (Reine de Naples) は、1810年にナポリ王妃カロリーヌ・ミュラのために製作された史上初の腕時計をオマージュした、2002年発表の女性向けライン。卵形ケースと6時位置のオフセンター・ダイヤルが象徴である。

エリタージュ (Héritage) は、トノー(樽)形ケースを採用したコレクション。クラシックの伝統意匠を現代的なフォルムへ翻訳する役割を担う。

06 — Series

代表シリーズ

Lineages of one house
シリーズ一覧 →
07 — Calibers

主要キャリバー

Movements of the house
キャリバー一覧 →
08 — Cultural

文化との接点

Where this house meets the wider world

ブレゲは19世紀の文学において、富裕と教養の暗号として機能した。プーシキンは『エヴゲーニイ・オネーギン』(1825-1833) で主人公の懐中時計をブレゲと指定し、リピーターの音で食事や芝居の開幕を告げる場面を繰り返し描いた。スタンダール、バルザック、アレクサンドル・デュマ、メリメ、ヴィクトル・ユゴー、サッカレーらも作品中にブレゲを登場させ、ブランドは作家たちにとって貴族・ブルジョワ階級の暗号として定着した。

20世紀以降も、ナポレオン・ボナパルトが生涯携えた N°765 の伝統は、ウィンストン・チャーチルが叔父から受け継いだミニッツリピーター・クロノグラフ、エットーレ・ブガッティが「ロワイヤル」のステアリング中央に組み込んだダッシュボード・クロノグラフ、セルゲイ・ラフマニノフ、エジプト王フアード1世、ウィンザー公の愛用機などへと連なる。1787年以降の販売台帳が現存し、これらの関わりが文書として裏付けられる点が、本ブランドの文化史的位置を独自のものにしている。