Blancpainブランパン
1735年創業、クォーツを作らずに歩んできた現存最古とされる時計ブランド。潜水と複雑機構を二つの軸に据える
ブランパンは1735年、スイス・ヴィルレ村でジャン=ジャック・ブランパンが時計師を名乗ったことを起点とする、現存最古とされる時計ブランドである。1953年に最初期の本格ダイバーズウォッチ「フィフティ・ファゾムス」を生み、1980年代の機械式復権期には『六つの傑作』と大複雑機構Cal. 1735で高級時計の伝統を再宣言した。現在はスウォッチ グループ傘下で、ル・ブラッシュとヴィルレに製造拠点を置き、潜水と複雑機構という二つの軸を同時に追い続けている。
設計思想
ブランパンの根本姿勢は、機械式以外を作らないという一点に尽きる。1980年代の再興期にジャン=クロード・ビベールが掲げた「1735年以来、ブランパンはクォーツ時計を作ってこなかった。今後も作ることはない」というスローガンは、単なる広告コピーではなく、クォーツショック後にブランド戦略の支柱となった信条である。
この信条は二つの方角に展開する。ひとつは複雑機構の追求で、1988年に提示された『六つの傑作』(ムーンフェイズ付フルカレンダー、極薄、永久カレンダー、ミニッツ・リピーター、スプリットセコンド・クロノグラフ、トゥールビヨンの六作)と、それらを1本に統合した1991年の大複雑機構「Cal. 1735」が、この方針を象徴する。もうひとつはダイバーズウォッチの系譜で、1953年のフィフティ・ファゾムスを起点に、潜水という用途を真剣に扱い続けてきた。
意匠面では、二段ベゼル、ほどよく薄いケース、グラン・フー・エナメル(高温焼成エナメル)文字盤、青焼きの蛇形針といったヴィルレのコードが基準点となり、過度な装飾を避ける傾向が強い。同じスウォッチ グループ内で複雑機構と装飾性を競うブレゲと対比すれば、ブランパンは「複雑だが大仰には見えない時計」を志向していると言える。
商業哲学では、自社ブティック網の拡充を進めつつ、伝統的な専門店との関係も維持する姿勢を取る。マルク・A・ハイエク体制下で発足したオーシャン・コミットメントは、フィフティ・ファゾムスの出自である海洋への活動還元であり、商品哲学と社会的姿勢を地続きに扱う考え方の表れである。
物語
1. ジュラ山中の登記簿
1735年、スイス・ベルン州ジュラ地方の小村ヴィルレ。ジャン=ジャック・ブランパン(1693年生)が、村の登記簿に「時計師(horloger)」と職業を記録する。これが、今日「現存最古の時計ブランド」とされるブランパンの起点となった。ジャン=ジャックは教師であり、牛馬の飼育者であり、後に村長も務めた多才な人物で、自宅の階上を工房に当てたと伝わる。当時のジュラ地方では、農閑期の収入源として時計部品の組立を始める家が多く、ブランパン家もその一翼を担っていた。
事業はブランパン家の手で世代を継ぎ、19世紀には4代目フレデリック=エミールの代に製造規模を拡大、ヴィルレ最大級の工房を構えるまでになる。1815年頃には脱進機の改良と極薄ムーブメントの試作、1926年には自動巻き腕時計の発表など、技術面でも村の代表的存在であった。
2. ブランパンの名を失った時代
1932年、当主フレデリック=エミールが急逝する。娘ベルト=ネリーは時計業を継ぐ意思を持たず、長年の補佐役だったベティ・フィヒターと販売責任者アンドレ・レアルが事業を譲り受けた。だが当時のスイス法は、ブランパン家の関与なしに「ブランパン」の商号を使うことを許さなかった。社名はヴィルレを逆綴りにした造語「レイヴィル(Rayville S.A., successeur de Blancpain)」へと改められる。ベティ・フィヒターは、世界の時計企業を率いた最初期の女性の一人として記憶される。
3. フィフティ・ファゾムスの誕生
1950年、ベティの甥にあたるジャン=ジャック・フィヒターが経営を引き継ぐ。彼自身が熱心なスクーバダイバーで、潜水中に空気残量を見失いかけた経験から、潜水用に特化した時計の必要性を痛感していたと伝わる。一方、フランス海軍ではロベール・『ボブ』・マルビエ大尉とクロード・リフォー中尉が、新編成の戦闘潜水部隊(nageurs de combat)のための時計を探していた。
両者は共通の知人を介して結びつき、1953年、フィフティ・ファゾムス(「五十尋」、約91メートルに相当する単位)が世に出る。回転ベゼル、視認性の高い夜光、軟鉄インナーケースによる耐磁構造、自動巻きの採用——後のISO 6425規格に通じる要素を備えた構成で、現代ダイバーズウォッチの祖形と評価される。「世界初の本格ダイバーズ」の称号には、ロレックス サブマリーナーなど同時期の他モデルとの先後関係をめぐる議論があるが、軍事採用と民生展開をほぼ並走で成功させた点で、その後の業界に与えた影響は大きい。1956年には日常着用を意図した小径版バチスカーフを派生させ、同年公開のジャック・クストー監督『沈黙の世界』では出演者の腕に着用されていたと伝わる。
4. 機械式への撤退戦と『六つの傑作』
1961年、レイヴィルはSSIHグループの傘下に入る。1970年代のクォーツショックで機械式時計の地位は急落し、ブランパンの名はほぼ休眠状態に陥った。
1981年、ヴァレ・ド・ジューのムーブメント製造者ジャック・ピゲと、後にオメガやウブロを率いる若き経営者ジャン=クロード・ビベールが、SSIHからブランパンの商標権を取得する。取得額は二万スイスフラン台と伝わる、ブランド名としては破格の安さであった。両者の方針は明快で、機械式時計こそが時計であるという前提を再宣言すること。「1735年以来クォーツを作らず、今後も作らない」というスローガンは、その姿勢を端的に示した。
1983年、ヴィルレ コレクションの祖型となる薄型ムーンフェイズ付フルカレンダーを発表。1988年には『六つの傑作(Six Masterpieces)』として六種の複雑機構を一揃いで提示し、1991年にはそれらを1本に統合したグランド・コンプリケーション「Cal. 1735」を完成させた。30本限定で、組立に1本あたり約1年を要したと伝わる。
5. スウォッチ グループ参入と現在
1992年、スウォッチ グループの前身SMHがブランパンを六千万スイスフランで買収。ビベールは2002年まで経営を続け、以後はニコラス・ハイエクの孫マルク・A・ハイエクがプレジデント兼CEOを務めている。2010年にはムーブメント製造部門のフレデリック・ピゲがブランパンSAに統合され、企画から組立までを一体化した体制が整った。
2012年、海洋写真家ローラン・バレスタとの協働が始まり、2014年にブランパン・オーシャン・コミットメント(BOC)として組織化された。2023年にはフィフティ・ファゾムス誕生70周年を迎え、姉妹ブランドのスウォッチとの共作「バイオセラミック スキューバ フィフティ ファゾムス」を発表。より広い客層への接点を持ちつつも、本流の機械式高級時計づくりは一貫している。
歴史
1735年、ジャン=ジャック・ブランパンがスイス・ヴィルレ村の登記簿に時計師として名を記す。この記録が、現存するブランドとして最古とされるブランパンの起点である。以後、ブランパン家の手で世代を継ぎ、19世紀には4代目フレデリック=エミールが工房を拡張、1815年頃の脱進機改良や極薄ムーブメントの試作を通じて村屈指の製造者となる。1926年には自動巻き腕時計を発表した。
1932年、当主フレデリック=エミールが急逝。娘ベルト=ネリーは時計業を継がない意向を示し、長年の番頭ベティ・フィヒターと販売責任者アンドレ・レアルが事業を譲り受ける。スイスの当時の法律により、ブランパン家の関与がない以上「ブランパン」の名を社名に使えず、社名はヴィルレの逆綴りに由来する「レイヴィル(Rayville S.A., successeur de Blancpain)」と改められた。
1950年、ベティの甥ジャン=ジャック・フィヒターが経営を引き継ぐ。1953年、フランス海軍戦闘潜水部隊の要請を受け、本格ダイバーズウォッチ「フィフティ・ファゾムス」を発表。1956年には日常着用を意図した小径版「バチスカーフ」を派生させた。1961年、レイヴィルはSSIHグループの傘下に入る。
1970年代のクォーツショックで機械式時計の地位が急落し、ブランパンの名はほぼ休眠状態に陥った。1981年、ジャック・ピゲとジャン=クロード・ビベールがSSIHから商標権を取得して再興。「機械式以外を作らない」を掲げ、1983年にヴィルレ コレクションを発表、1988年には『六つの傑作』を提示し、1991年には大複雑機構「Cal. 1735」を三十本限定で完成させる。
1992年、ブランパンはSMH(現スウォッチ グループ)に買収される。ビベールは2002年まで指揮を執り、以後はマルク・A・ハイエクがプレジデント兼CEOを務めている。2010年にはムーブメント製造部門のフレデリック・ピゲがブランパンSAに統合され、企画・製造・組立を一体化。2014年にブランパン・オーシャン・コミットメントを発足、2023年にはフィフティ・ファゾムス70周年を機にスウォッチとの共作「バイオセラミック スキューバ フィフティ ファゾムス」を発表した。
シリーズ概観
ブランパンの現行コレクションは、性格の異なる五系統に整理される。「ヴィルレ」が古典の中核、「フィフティ・ファゾムス」がスポーツの中核という二極を成し、残る三系統がその間と外側を埋める構図と捉えるとわかりやすい。
「ヴィルレ」は、1983年以降のブランパンを象徴するクラシック・コレクションで、二段ベゼル、グラン・フー・エナメル文字盤、青焼きの蛇形針などを意匠の基本要素とする。8デイズ・パーペチュアル・カレンダーやトラディショナル・チャイニーズ・カレンダー、カルーセルなど、複雑機構を控えめなケースに収める志向が一貫する。
「フィフティ・ファゾムス」は1953年に生まれたダイバーズの系譜で、現代のラインは45ミリの本流、42.3ミリ、40.3ミリと複数の径に分かれる。派生の「バチスカーフ」は1956年発表の都市用小径版を起源とし、2013年に現代版として復活した。チタン製の「Tech」や年次カレンダー、トゥールビヨンといった機能の幅も広い。
「エア コマンド」は1950年代に少量のみ作られた米空軍向けクロノグラフを起源とする復刻系列で、フライバック機構と回転式パイロット・ベゼルを備える。
「レディバード」は1956年発表の小径ラウンドを源流とする女性用コレクションで、メティエ・ダールやハイジュエリーの手法を併せ持つモデル群を含む。
「メティエ・ダール」は工芸技法を主役にする独立した系列で、ダマスキナージュ、シャクドー、エングレービング、ミニアチュール・ペインティング、グラン・フー・エナメルなど、ル・ブラッシュの工房群を中心に展開される。
代表シリーズ
主要キャリバー
文化との接点
フィフティ・ファゾムスは、誕生直後から潜水文化と結びついてきた。1953年にはフランス海軍の戦闘潜水部隊「nageurs de combat」の正式装備に採用され、1956年公開のジャック・クストー監督による海洋ドキュメンタリー『沈黙の世界』(カンヌ国際映画祭パルム・ドール、アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞)では、出演者の腕にフィフティ・ファゾムスが収まっていたと伝わる。
現代では、海洋写真家ローラン・バレスタとの「ゴンベッサ計画」、ナショナル ジオグラフィック協会の「プリスティーン・シーズ」、国連世界海洋デー、PADI、Oceanaなどとの連携を「ブランパン・オーシャン・コミットメント(BOC)」として束ねている。ダイバーズウォッチ製造の歴史を、海洋保全への直接的な資金拠出と結びつけている点が、ブランパンの文化的姿勢の特色である。