物語
01ジュラ山中の登記簿
1735年、スイス・ベルン州ジュラ地方の小村ヴィルレ。ジャン=ジャック・ブランパン(1693年生)が、村の登記簿に「時計師(horloger)」と職業を記録する。これが、今日「現存最古の時計ブランド」とされるブランパンの起点となった。ジャン=ジャックは教師であり、牛馬の飼育者であり、後に村長も務めた多才な人物で、自宅の階上を工房に当てたと伝わる。当時のジュラ地方では、農閑期の収入源として時計部品の組立を始める家が多く、ブランパン家もその一翼を担っていた。ただしこの起点には異議もある。同社が根拠とする1735年の登記簿は原本が公開されておらず、ベルン州立文書館の教区記録やエミール・ブールカン(1887年)、マリウス・ファレ(1937-38年)の研究にジャン=ジャックを時計師とする記載は見当たらない。1950年代以前の資料は創業を1815年のフレデリック=ルイに置いており、1735年という年号は1950年代以降に整えられた筋書きだとする指摘が複数の調査から出ている。
事業はブランパン家の手で世代を継ぐ。1815年、フレデリック=ルイが工房へ量産方式を導入し、王冠歯車に代えてシリンダー脱進機を採り、極薄ムーブメントを手がけた。その子フレデリック=エミールは1830年に社名を自らの名へ改め、ヴィルレ最大級の工房を構えるまでに事業を広げる。1926年にはジョン・ハーウッドと組んで自動巻き腕時計を発表するなど、技術面でも村の代表的存在であった。
02ブランパンの名を失った時代
1932年、当主フレデリック=エミールが急逝する。娘ベルト=ネリーは時計業を継ぐ意思を持たず、長年の補佐役だったベティ・フィヒターと販売責任者アンドレ・レアルが事業を譲り受けた。だが当時のスイス法は、ブランパン家の関与なしに「ブランパン」の商号を使うことを許さなかった。社名はヴィルレを逆綴りにした造語「レイヴィル(Rayville S.A., successeur de Blancpain)」へと改められる。ベティ・フィヒターは、世界の時計企業を率いた最初期の女性の一人として記憶される。
03フィフティ・ファゾムスの誕生
1950年、ベティの甥にあたるジャン=ジャック・フィヒターが経営を引き継ぐ。彼自身が熱心なスクーバダイバーで、潜水中に空気残量を見失いかけた経験から、潜水用に特化した時計の必要性を痛感していたと伝わる。一方、フランス海軍ではロベール・『ボブ』・マルビエ大尉とクロード・リフォー中尉が、新編成の戦闘潜水部隊(nageurs de combat)のための時計を探していた。
両者は共通の知人を介して結びつき、1953年、フィフティ・ファゾムス(「五十尋」、約91メートルに相当する単位)が世に出る。回転ベゼル、視認性の高い夜光、軟鉄インナーケースによる耐磁構造、自動巻きの採用——後のISO 6425規格に通じる要素を備えた構成で、現代ダイバーズウォッチの祖形と評価される。「世界初の本格ダイバーズ」の称号には、ロレックス サブマリーナーなど同時期の他モデルとの先後関係をめぐる議論があるが、軍事採用と民生展開をほぼ並走で成功させた点で、その後の業界に与えた影響は大きい。1956年には日常着用を意図した小径版バチスカーフを派生させ、同年公開のジャック・クストー監督『沈黙の世界』では出演者の腕に着用されていたと伝わる。
04機械式への撤退戦と『六つの傑作』
1961年、レイヴィルはSSIHグループの傘下に入る。1970年代のクォーツショックで機械式時計の地位は急落し、ブランパンの名はほぼ休眠状態に陥った。
1981年、ヴァレ・ド・ジューのムーブメント製造者ジャック・ピゲと、後にオメガやウブロを率いる若き経営者ジャン=クロード・ビバーが、SSIHからブランパンの商標権を取得する。取得額は21,500スイスフランと伝わる。両者の方針は明快で、機械式時計こそが時計であるという前提を再宣言すること。「1735年以来クォーツを作らず、今後も作らない」というスローガンは、その姿勢を端的に示した。
1983年、ヴィルレ コレクションの祖型となる薄型ムーンフェイズ付フルカレンダーを発表。1988年には『六つの傑作(Six Masterpieces)』として六種の複雑機構を一揃いで提示し、1991年にはそれらを1本に統合したグランド・コンプリケーション「Cal. 1735」を完成させた。30本限定で、組立に1本あたり約1年を要したと伝わる。
05スウォッチ グループ参入と現在
1992年、スウォッチ グループの前身SMHがブランパンを六千万スイスフランで買収。ビバーは2002年まで経営を続け、以後はニコラス・G・ハイエックの孫マルク・A・ハイエックがプレジデント兼CEOを務めている。2010年にはムーブメント製造部門のフレデリック・ピゲがブランパンSAに統合され、企画から組立までを一体化した体制が整った。
2012年、海洋写真家ローラン・バレスタとの協働が始まり、2014年にブランパン・オーシャン・コミットメント(BOC)として組織化された。2023年にはフィフティ・ファゾムス誕生70周年を迎え、姉妹ブランドのスウォッチとの共作「バイオセラミック スキューバ フィフティ ファゾムス」を発表。より広い客層への接点を持ちつつも、本流の機械式高級時計づくりは一貫している。