系譜と歴史
復活の決断
2019年1月、オメガは半世紀ぶりにキャリバー321の再生産を発表する。1949年から1968年まで初期スピードマスターを支え、月面にも到達したこの機械は、生産終了後も収集家の憧れであり続けた。アポロ11号の月面着陸から50年という節目に、その復活が実現する。きっかけは収集家からの強い要望であったと伝わる。スウォッチ グループ内に残るルマニア2310のエボーシュを流用するのではなく、往年の321そのものを忠実に再現する道が選ばれた。なお、原型となった当時のキャリバー321については別記事で詳述する。
1対1での再構築
再構築の核心は、現存する実機の徹底的な解析にあった。開発チームは、アポロ17号でユージン・サーナンが月面で装着した個体(Ref. 105.003、現在はオメガ博物館が所蔵)を、トモグラフィー(デジタル走査)で内部まで読み解いた。当時の設計図とあわせ、2世代目の321を基準に構造を再現する。開発には2年以上を要し、その大半が非公開で進められたと伝わる。コラムホイールと水平クラッチという往年の構成は忠実に受け継がれた。一方で、地板の銅めっきはオメガ独自のセドナゴールドへ、パワーリザーブは約44時間から55時間へと改められ、現代の信頼性が与えられている。
現代における立ち位置
復活した321は、ビール(ビエンヌ)の専用工房で組み立てられる。一人の時計師がムーブメントの組立からケーシングまでを一貫して担う体制が特徴である。現行ムーンウォッチの主力が、マスター クロノメーター認定のコーアクシャル機キャリバー3861であるのに対し、321はあえて伝統的な構成を残した手巻として位置づけられる。搭載機はプラチナ製42mm、ステンレス製39.7mm、キャノパスゴールド製38.6mmなど、いずれも上位機に絞られている。組立に熟練と時間を要するため、生産数はおのずと限られたものとなる。