1861
1996年登場、カム式クロノグラフ機構を受け継ぐ、スピードマスター・ムーンウォッチの手巻基幹キャリバー
Cal. 1861は、オメガが1996年に投入した手巻クロノグラフキャリバーである。1968年の Cal. 861 をロジウムめっき仕様へ改めた世代で、設計の源流はルマニア社のエボーシュ(半製品ムーブメント)Cal. 1873 にさかのぼる。振動数は21,600vph (3Hz)、パワーリザーブは48時間、石数は18石。クロノグラフの起動制御に、コラムホイールではなくカム機構を用いる点が構造上の核となる。スピードマスター・プロフェッショナル、通称ムーンウォッチの心臓として長く生産され、2021年に後継の Cal. 3861 へ世代を譲った。
| Maker | Omega |
|---|---|
| Reference | 1861 |
| Type | Handwound |
| Display | Analog |
| Frequency | 21,600 bph (3 Hz) |
| Jewels | 18 石 |
| Power reserve | 48 h |
| Movement ⌀ | 27 mm |
| Hands | Small Seconds, Hours, Minutes |
| Chronograph | Chronograph |
系譜と歴史
1. ルマニアから受け継いだ系譜
Cal. 1861 を理解するには、その源流である Cal. 321 にさかのぼる必要がある。
発端は、オメガがルマニア社と共同で進めた「27 CHRO C12」計画である。
27はムーブメント径、CHROはクロノグラフ、C12は12時間計を指す。
この計画から生まれた Cal. 321 を設計したのは、ルマニアの技師アルベール・ピゲである。
ルマニアは1932年にオメガの親会社SSIHの傘下に入っており、両社の協業は自然な流れであった。
Cal. 321 は1957年のスピードマスター初代から搭載され、コラムホイール式の制御機構を備えていた。
1965年にはNASAの認定を受け、1969年の月面着陸に携行された機械式クロノグラフとして知られる。
ただし月面に到達した個体に積まれていたのは Cal. 321 であり、後年の世代と混同されることが多い。
2. 861からの改良と1861の登場
1968年末、オメガはスピードマスターの搭載機を Cal. 861 へと切り替える。
設計は再びアルベール・ピゲが担い、量産性を高める方向で機構が見直された。
最大の変更点は、クロノグラフ制御をコラムホイールからカム式へ置き換えたことである。
あわせてテンプ(振動を司る調速機構)は調整ネジ付きから平面型の滑らかな形状へ改められた。
これにより振動数は18,000vph (2.5Hz) から21,600vph (3Hz) へ高められている。
Cal. 861 は当初17石で出発し、1990年代初頭に18石へと改められた。
そして1996年、オメガはこの Cal. 861 をロジウムめっき仕様へと刷新する。
これが Cal. 1861 であり、地板や受けの表面処理を銅系から白色のロジウムへ変えた世代にあたる。
機構そのものは Cal. 861 を踏襲しており、石数も18石を引き継ぐ。
Cal. 1861 は厳密にはルマニア Cal. 1873 を基礎とするが、装飾と仕上げはオメガの仕様で完結する。
このため、汎用ムーブメントというより、スピードマスターの個性と不可分の基幹機として位置づけられる。
3. ムーンウォッチを支えた派生群
Cal. 1861 には、用途に応じた複数の派生が存在する。
裏蓋を透明風防とするモデル向けには、装飾を施した Cal. 1863 が用意された。
Cal. 1863 はコートドジュネーブ(ジュネーブ模様)やペルラージュ(円状の磨き)を備え、見せる機構として仕上げられる。
月相と日付を加えた Cal. 1866、骨抜き加工を施した Cal. 1869 など、表示や意匠を変えた系統も派生した。
これらはいずれも Cal. 861/1861 の構造を共有し、スピードマスターの多様な表情を支えた。
4. 3861への世代交代
2019年、オメガはアポロ11号50周年記念モデルに新型 Cal. 3861 を搭載する。
2021年には標準のムーンウォッチにも展開され、Cal. 1861 はその役目を Cal. 3861 へ譲った。
Cal. 3861 はコーアクシャル脱進機とシリコン製ヒゲゼンマイを採用し、メタス(METAS)認定のマスタークロノメーター規格を満たす。
カム式制御という基本骨格は受け継ぎつつ、耐磁性や精度の面で大きく刷新された世代である。
半世紀以上にわたり継承された設計は、ここで一つの区切りを迎えたといえる。
技術解説
クロノグラフ制御 — カム式という選択
Cal. 1861 の構造を特徴づけるのは、クロノグラフの起動制御にカム機構を用いる点である。
クロノグラフの起動・停止・復針は、コラムホイール(柱歯車)かカム(偶角板)のいずれかで切り替える。
先代格の Cal. 321 がコラムホイールを採用していたのに対し、Cal. 861/1861 はカム式へ移行した。
カム式は部品点数を抑えやすく、調整工程も簡素になるため、量産と保守の両面で扱いやすい。
クラッチ(発進機構の接続方式)は水平クラッチで、計測輪を横方向から噛み合わせる古典的な構成をとる。
両者の差は優劣ではなく、操作感と生産性をめぐる設計思想の違いとして理解するのが妥当である。
調速機構 — テンプとヒゲゼンマイ
調速を担うテンプには、グリュシジュール製の滑らかな環状テンプが用いられる。
Cal. 321 が備えていた調整ネジ付きのテンプとは異なり、緩急の調整は基本的に緩急針で行う。
ヒゲゼンマイ(テンプに復元力を与える渦巻ばね)は平ヒゲで、ブレゲ巻上げ型ではない。
テンプの軸にはインカブロック式の耐震機構が組まれ、衝撃による軸折れを抑える。
振動数の21,600vph (3Hz) は、1秒間に6回テンプが往復することを意味する。
この値は計測精度と耐久性の均衡点であり、クロノグラフ機構に過度な負担をかけにくい。
動力系 — 香箱とパワーリザーブ
動力源である香箱(ぜんまいを収める箱)は単一構成で、巻き上げは手巻のみとなる。
満巻時のパワーリザーブは48時間で、日常的な使用に過不足のない値といえる。
自動巻ローターを持たないため厚みを抑えやすく、薄型のケースに収めやすい利点がある。
クロノグラフ計測中は輪列への負荷が増すため、計測の有無で実効的な持続時間は変動する。
仕上げと制動 — ロジウムとデルリン
Cal. 1861 は地板と受けにロジウムめっきを施し、銀白色の落ち着いた表情をまとう。
銅系の表面処理であった Cal. 861 との外観上の差は、このめっき仕様に集約される。
制動部品には、デュポン社の樹脂デルリンを用いた制動子が組まれているとされる。
一方、透明裏蓋向けの Cal. 1863 では、同じ部位が金属製で、装飾も手作業で施される。
デルリン採用の経緯には諸説あり、Cal. 861 後期に同様の部品が見られるとの指摘もある。
認定と精度 — クロノメーターを持たない選択
Cal. 1861 はクロノメーター認定(COSC等)を取得していない。
オメガが公称する日差は、クロノグラフ非作動時で-1/+11秒の範囲とされる。
時刻合わせの際に秒針を止めるハック機能は備えず、この点は後継の Cal. 3861 で加わった。
認定を持たない一方、構造の素直さと保守性の高さが、半世紀規模の生産を支えた背景にある。
モジュール構造ではなく一体設計のため、熟練した時計師による分解整備が前提となる。