系譜と歴史
1. ルマニアから受け継いだ系譜
Cal. 1861 を理解するには、その源流である Cal. 321 にさかのぼる必要がある。
発端は、オメガがルマニア社と共同で進めた「27 CHRO C12」計画である。
27はムーブメント径、CHROはクロノグラフ、C12は12時間計を指す。
この計画から生まれた Cal. 321 を設計したのは、ルマニアの技師アルベール・ピゲである。
ルマニアは1932年にオメガの親会社SSIHの傘下に入っており、両社の協業は自然な流れであった。
Cal. 321 は1957年のスピードマスター初代から搭載され、コラムホイール式の制御機構を備えていた。
1965年にはNASAの認定を受け、1969年の月面着陸に携行された機械式クロノグラフとして知られる。
ただし月面に到達した個体に積まれていたのは Cal. 321 であり、後年の世代と混同されることが多い。
2. 861からの改良と1861の登場
1968年末、オメガはスピードマスターの搭載機を Cal. 861 へと切り替える。
設計は再びアルベール・ピゲが担い、量産性を高める方向で機構が見直された。
最大の変更点は、クロノグラフ制御をコラムホイールからカム式へ置き換えたことである。
あわせてテンプ(振動を司る調速機構)は調整ネジ付きから平面型の滑らかな形状へ改められた。
これにより振動数は18,000vph (2.5Hz) から21,600vph (3Hz) へ高められている。
Cal. 861 は当初17石で出発し、1990年代初頭に18石へと改められた。
そして1996年、オメガはこの Cal. 861 をロジウムめっき仕様へと刷新する。
これが Cal. 1861 であり、地板や受けの表面処理を銅系から白色のロジウムへ変えた世代にあたる。
機構そのものは Cal. 861 を踏襲しており、石数も18石を引き継ぐ。
Cal. 1861 は厳密にはルマニア Cal. 1873 を基礎とするが、装飾と仕上げはオメガの仕様で完結する。
このため、汎用ムーブメントというより、スピードマスターの個性と不可分の基幹機として位置づけられる。
3. ムーンウォッチを支えた派生群
Cal. 1861 には、用途に応じた複数の派生が存在する。
裏蓋を透明風防とするモデル向けには、装飾を施した Cal. 1863 が用意された。
Cal. 1863 はコートドジュネーブ(ジュネーブ模様)やペルラージュ(円状の磨き)を備え、見せる機構として仕上げられる。
月相と日付を加えた Cal. 1866、骨抜き加工を施した Cal. 1869 など、表示や意匠を変えた系統も派生した。
これらはいずれも Cal. 861/1861 の構造を共有し、スピードマスターの多様な表情を支えた。
4. 3861への世代交代
2019年、オメガはアポロ11号50周年記念モデルに新型 Cal. 3861 を搭載する。
2021年には標準のムーンウォッチにも展開され、Cal. 1861 はその役目を Cal. 3861 へ譲った。
Cal. 3861 はコーアクシャル脱進機とシリコン製ヒゲゼンマイを採用し、メタス(METAS)認定のマスタークロノメーター規格を満たす。
カム式制御という基本骨格は受け継ぎつつ、耐磁性や精度の面で大きく刷新された世代である。
半世紀以上にわたり継承された設計は、ここで一つの区切りを迎えたといえる。