物語
01ポーランドの亡命者から始まる(1839〜1851)
創業者アントワーヌ・ノルベール・ド・パテックは1812年、ポーランド南東部ピアスキで生まれた。1830年のポーランド11月蜂起に騎兵将校として参加し、敗北とともに祖国を離れる。遍歴の末にジュネーブに居を定め、時計商として独立した。1839年5月1日、ボヘミア出身の時計師フランシシェク・チャペックと組み「Patek, Czapek & Cie」を設立する。亡命ポーランド貴族向けの装飾の豊かな懐中時計が、初期の主な事業基盤となった。
しかしパテックとチャペックの協業は5年ほどで解消する。1844年、パテックはパリの工業博覧会でフランス人時計師ジャン=アドリアン・フィリップに出会う。フィリップは別体の鍵を用いず竜頭で巻き上げと針合わせを行う機構を考案しており、当時主流だった鍵巻き方式に代わって日常使用の利便性を根本から変える発明として注目を集めていた。パテックはフィリップを技術責任者として招聘し、1845年にチャペックが離脱して社名は「Patek & Cie」となる。1851年、フィリップは正式に共同経営者となり、社名は「Patek, Philippe & Cie」と改められた。
02鍵巻きを超えて、複雑機構へ(1851〜1932)
1851年、ロンドンで開かれた第1回万国博覧会で、ヴィクトリア女王が同社のペンダントウォッチを購入する。同年に始まったティファニー&カンパニーとの取引関係とともに、これは同社の国際的展開の起点となった。ティファニーはのちに、パテック フィリップのダイヤルに自社名を併記できる唯一の小売店としての地位を保つことになる。
技術面の革新も続いていく。1868年、ハンガリーのコスコヴィッツ伯爵夫人のためにスイス製腕時計の最初期例の一つとされる個体が製作され、1876年に納品された。1889年には永久カレンダー機構の特許を取得する。1925年には腕時計用永久カレンダーの作例が完成し、1941年には永久カレンダー・クロノグラフ「Ref. 1518」が量産品として登場する。1932年から1933年にかけて、米国の銀行家ヘンリー・グレーブス・ジュニアのために特注された懐中時計が完成・納品された。24機構を備える「ヘンリー・グレーブス・スーパーコンプリケーション」は、1989年のキャリバー89が記録を更新するまで56年間、最複雑機械式時計の地位を保ち続けた。
03スターン家による継承とカラトラバ(1932〜1968)
1929年に始まる世界恐慌は、家族経営の時計商社にも影響を与えた。資金繰りに窮した当時の経営陣は、ダイヤル製造業を営むスターン兄弟、シャルルとジャンに支援を求める。1932年、スターン兄弟はパテック フィリップを取得する。家族による所有はこの年から現在まで途切れることなく続いている。
スターン家の経営下で同社が放った最初の決定打が、1932年の「カラトラバ Ref. 96」であった。バウハウスの造形思想に通じる円形・薄型・装飾を排した意匠は、当時主流だったアール・デコの装飾的なケースと一線を画す。Ref. 96は40年以上にわたって生産が続き、以後のドレスウォッチの一つの規範となった。1941年の永久カレンダー・クロノグラフRef. 1518、1951年のRef. 2499など、20世紀中盤の同社は機構と意匠の両面で深化を続けた。1958年からはシャルルの息子アンリ・スターンが経営の中心に立つ。1968年には楕円ケースの「ゴールデン・エリプス Ref. 3548」が登場し、円と矩形に続く第三の幾何形状を加えた。
04クォーツショックとノーチラス(1969〜1989)
1969年、セイコーが世界初のクォーツ腕時計を発表し、スイス時計産業は深刻な業績の落ち込みを経験する。多くの老舗が経営難に陥り買収統合の波に飲まれていく中で、パテック フィリップはスターン家の独立を保ったまま事業を継続した。同社もベータ21クォーツの共同開発に参加し電池駆動の機構を一時製品化したが、機械式中心の戦略は揺らがなかった。
1976年、ジェラルド・ジェンタの設計による「ノーチラス Ref. 3700」が発表される。舷窓を想起させる八角ベゼルと一体型ブレスレットを持ち、当時としては破格に高価なスチール製スポーツウォッチであった。発表当時の市場の反応は控えめだったと伝わるが、後年これは同社の代名詞の一つとなる。1989年、創業150周年に際して33機構を備える「キャリバー89」が発表され、当時知られる限り世界で最も複雑な携帯時計とされた。
05フィリップからティエリーへ──現在への系譜(1993〜)
1993年、アンリ・スターンの長男フィリップ・スターンが社長に就任する。フィリップ体制下では、1996年にプラン・レ・ウアットの新マニュファクチュールが稼働し、分散していた生産工程が集約された。1993年にはゴンドーロが、1997年にはアクアノートが、1999年には女性向けのトゥエンティ4が発表され、現代パテック フィリップのコレクション体系が形づくられていく。
2009年、フィリップの息子ティエリー・スターンが社長に就任する。同年、122年にわたり用いてきたジュネーブ・シールに代えて、時計全体を対象とする独自の「パテック フィリップ・シール」を導入した。2014年の創業175周年にはグランドマスター・チャイム Ref. 5175が、2020年にはPP6と呼ばれる新棟が稼働する。2021年、定番のスチール製ノーチラス Ref. 5711/1A-010が生産終了となる。中古市場の価格高騰と単一モデルへの過度な集中を背景に、一つの製品でブランドが定義されることを避けたい旨をティエリー・スターンはインタビューで述べている。2024年10月、トゥエンティ4以来25年ぶりの新コレクション「キュビタス」が発表された。