本文へ
PATEK PHILIPPE · SERIES

Calatrava

カラトラバ

1932年、複雑時計の時代に放たれた一本のシンプルな円形腕時計。以降90年、ドレスウォッチの基準そのものを規定し続けている

33 mm – 39 mm
01 — 概要 / SUMMARY

Calatravaは、1932年にRef. 96として誕生したパテック・フィリップの代表的なラウンド・ドレスウォッチである。経営危機に直面したスターン家が、複雑時計に偏った商品構成を見直すために送り出したシンプルな腕時計が、結果として近代ドレスウォッチの原型を定義した。現在の主要バリエーションは、クル・ド・パリ装飾のRef. 6119、オフィサーケースのRef. 5227、現代的造形のRef. 5226G、5196の系譜を継ぐRef. 6196Pなどで構成される。90余年にわたり、控えめな円形時計という概念そのものを規定し続けている。

02 — STORY · 物語

Calatrava(カラトラバ)、これまでの軌跡

The story of this series
01

1932年、シンプリシティへの賭け

1929年の大恐慌は、複雑時計と懐中時計を主力としていたパテック・フィリップを深刻な経営難に追い込んだ。1932年、ジャンとシャルル=アンリのスターン兄弟が経営権を取得する。スターン家はパテックの主要文字盤サプライヤーであり、衰退する顧客企業を救済する形での参画であった。

兄弟が示した方向は単純ながら大胆であった。複雑時計に頼るのではなく、シンプルで完成度の高い腕時計を打ち出す。同年発表のRef. 96は、その戦略を具現化した一本である。31mmのラウンドケース、薄いベゼル、何も足さない文字盤、6時位置のスモールセコンド。懐中時計が依然として主流であった時代に、腕時計時代の到来を予告するモデルとなった。

02

Ref. 96という設計言語

Ref. 96は、パテック・フィリップ社内で番号管理されたシリアル生産の最初のモデルである。それ以前は個別のケース番号で管理されていた。Ref. 96の登場は、製造体制そのものの近代化と表裏一体であった。

設計上の革新は、ラグをケースから一体で削り出した点にある。当時多くの腕時計は懐中時計用ケースに後からラグを溶接していたが、Ref. 96はケースミドルから流れるようにラグを造形した。この構造はその後のCalatravaの基本骨格となる。バウハウスの「形は機能に従う」という思想が引かれることが多いが、思想は実装の細部にこそ宿る。

なお、Ref. 96の設計者として英国人イラストレーターのデイヴィッド・ペニーの名がインターネット上で広く流通しているが、これは誤伝とされる。ペニーは1932年時点では生まれておらず、後年に彼が描いたイラストの著者名が設計者として転写された結果と考えられている。

1934年には自社製のCal. 12'''120(後のCal. 12-120)が投入され、Ref. 96は1973年まで生産が続けられる。40年余りの長寿は、設計の完成度を物語る。

03

「Calatrava」という名の発生

意外なことに、「Calatrava」がコレクション名として用いられたのは1980年代に入ってからである。シリーズが生まれた1932年時点では、単にRef. 96と呼ばれていた。

語源は12世紀のスペインに起源を持つカラトラバ騎士団に由来する。同騎士団が用いた十字紋様、いわゆるカラトラバ・クロスを、パテック・フィリップは1887年に商標登録していた。しかし長らくその使用は限定的で、シンボルとしての本格運用は1950年代以降、コレクション名としての採用は1985年のRef. 3919発表前後とされる。「Calatravaシリーズ」という概念自体が現代的なコレクション・マネジメントの所産であり、Ref. 96からRef. 570、Ref. 2526、Ref. 3796へと連なる時計群が、遡って「Calatrava」として束ねられた。

04

クォーツ危機とRef. 3919

1970年代、スイス時計産業は日本製クォーツの台頭で深刻な存続危機に陥る。パテック・フィリップは伝統的機械式の価値を訴える立場を選んだ。1985年に発表されたRef. 3919はその意思の象徴であった。

33.5mmのケース、白いポーセリン風文字盤に黒のローマ数字、リーフ針、そしてベゼルにはクル・ド・パリ装飾。この装飾自体は1934年のRef. 96Dで既に採用されていたが、3919がこれを定番要素として再定義した。当時パテック・フィリップを率いていたフィリップ・スターンは、機械式時計を文化的継承の対象として位置づけ直そうとしていた。3919は2006年まで生産が続き、約20年にわたってCalatravaの基準モデルとして機能した。後継のRef. 5119は36mmにサイズアップし、現代的な視認性に寄せている。

05

5196と5227 — 古典の継承と現代化の試み

2004年、Ref. 5196が発表される。37mmという当時としても控えめなサイズ、毎時28,800振動 (4Hz) のCal. 215 PS手巻きムーブメント、シンプルなインデックスと針。これはRef. 96の精神を最も直接的に継承するモデルとされ、2022年の生産終了まで続いた。

2013年のRef. 5227は別の方向性を示した。39mmにサイズを拡大しつつ、オフィサーケース(蝶番式の保護蓋)を採用する。蝶番は完全に内部に隠され、外観からは伝統的なソリッドケースに見える。両モデルの併存は、現代のCalatravaが古典型と、内部に革新を秘めた進化型の二系統で構成されていることを示していた。

06

新世代キャリバーと現在地

2021年のRef. 6119は、Calatravaに大きな転機をもたらした。新型のCal. 30-255 PSは、長年使われた小径のCal. 215 PSを置き換えるべく開発された手巻きキャリバーである。直径31mmと現代のケースサイズに見合った大きさを持ち、ツインバレル構造により毎時28,800振動 (4Hz) で65時間のパワーリザーブを実現する。ケース径は39mmに拡大されたが、厚さは8.08mmに抑えられた。

2022年のRef. 5226Gはケースバンド全周にクル・ド・パリを施し、40mmへとさらに拡大。よりカジュアルな表情を取り入れた。2025年のRef. 6196Pは、長く続いたRef. 5196の事実上の後継となる。38mmのプラチナケースとローズ・ジルトのオパライン文字盤を組み合わせ、「96」を末尾に残す型番は1932年の原点との連続性を示している。同年のRef. 5328Gは、新開発の8日キャリバーCal. 31-505を搭載し、瞬時切替の曜日・日付表示を備えた。

2026年のWatches & Wondersでは、オフィサーケースのRef. 5227G-015がローズ・ジルト文字盤で再登場し、24時間アラームのRef. 5322G、ミニッツリピーターのRef. 7047Gも加わった。Calatravaは90余年、シンプルなドレスウォッチの概念を規定し続けている。

03 — DESIGN · 設計思想

意匠を貫く設計言語

What this series guards, and what it lets change

Calatravaの設計言語は、シンプリシティを「装飾の排除」ではなく「機能の純化」として捉える思想に貫かれている。1932年のRef. 96で確立された、ラウンドの3パートケース、フラットまたはわずかに段差を持つベゼル、ケースから流れるように削り出される一体型ラグ。この三つの要素が、90年を超えてシリーズの輪郭を定義し続けてきた。

特筆すべきは、ラグがケースに溶接されるのではなく、ケースミドルから連続して削り出される構造である。当時の多くの腕時計は、懐中時計用ケースに別部品としてラグを後付けしていた。Ref. 96はその技法を採らず、ケース全体を一つの曲面として設計した。この構造上の判断が、後のCalatravaに共通する手首への寄り添いと、横から見たときのなめらかな稜線を生んでいる。

ベゼルは原則として平らに保たれる。情報表示の機能を持たないため、視覚的なノイズを足さないという判断である。1985年のRef. 3919以降、クル・ド・パリ装飾を施したベゼルが定番化したが、これは装飾を「足す」のではなく、平坦面を「彫る」ことで質感を与える発想にとどまっている。ベゼルの輪郭そのものは変わらない。

文字盤の構成も一貫している。中心にロゴ、6時位置にスモールセコンド、視認性を妨げない細身の指針。インデックスはアプライドで光を捉えるが、夜光は基本的に持たない。ダイバーズウォッチやスポーツウォッチが視認補助に依存するのに対し、Calatravaは昼光下での明瞭さに専念する。

同時代の比較対象は、ジャガー・ルクルトのレベルソやヴァシュロン・コンスタンタンのパトリモニーといった他のドレスウォッチである。レベルソが矩形ケースの裏返しという機能で差別化し、パトリモニーが大きめのケースとモダンな比率で現代性を取りに行ったのに対し、Calatravaはラウンドであることの基準を保持し続けた。それは「派手にしない」という不断の意思決定であり、ケース径が31mmから40mm近辺まで段階的に進化しても、プロポーションの本質は維持されてきた。

90余年を経てもCalatravaの顔が認識可能であるのは、変えなかったものへの意思と、変えるべきものを的確に見極める静かな更新の連続による帰結である。

04 — MOVEMENT EVOLUTION

ムーブメントの変遷

Calibers across the decades
1932-1970s
Cal. 12-120
12リーニュ手巻、Calatrava初期世代の心臓部。
1953-1960s
Cal. 12-600 AT
Patek初の自動巻機、Ref.2526搭載で歴史的価値。
1974-現在
Cal. 215 PS
10リーニュ手巻スモールセコンド、長年の主力。
1977-現在
Cal. 240 PS / 240 PS C
極薄マイクロローター自動巻、Ref.6000系搭載。
2005-現在
Cal. 324 S C
自動巻センターセコンド、5227 officer's式用。
2021-現在
Cal. 30-255 PS
ツインバレル、65時間PR、6119専用の新世代手巻。
05 — REFERENCE EVOLUTION

Ref. 変遷

Reference generations
1932-1973

Ref. 96誕生

96
Bauhaus精神の円型ドレス、Cal.12-120搭載、連番制の起点。
1953-1960s

初の自動巻+防水化

2526
Cal.12-600 AT搭載、Patek初の自動巻+防水ケースで著名。
1973-1985

Clous de Paris派生

3520
ホブネイル(Clous de Paris)ベゼル登場、96系と並ぶデザイン軸を形成。
1982-2006

96系現代化

3796 3919
Ref.3796が96直系、3919はホブネイル系、Cal.215 PSへ刷新。
2004-現在

現行骨格確立

5196 5119
Ref.5196(37mm手巻)とRef.5119(36mm)、現代の骨格機。
2013-現在

オフィサー化と新世代手巻

5227 6119
5227officer's式蓋、6119で新Cal.30-255 PS投入。
06 — ALL REFERENCES

このシリーズの全 4 モデル

4 references in archive