AL 30-660 S C
2019年、ハンマーがゴングを打つ24時間アラームを核に据えた、パテック フィリップ初の防水鳴り物自動巻
AL 30-660 S Cは、パテック フィリップが2019年に発表した自社製の自動巻アラームキャリバーである。ハンマーが古典的なゴングを打ち、予定時刻を告げる24時間アラームを核とする。28,800vph (4Hz) のジャイロマックステンプとスピロマックスひげゼンマイを備える。直径31mm・厚さ6.6mm、52石、パワーリザーブは最大52時間。動力は21Kゴールドの中央ローターで巻き上げる。初出はRef.5520P、2019年版はトラベルタイムを加えたFUS仕様であった。2026年にはこれを整理したRef.5322G用の基本仕様へと展開する。同社で唯一、防水ケースを備える鳴り物時計でもある。
| Maker | Patek Philippe |
|---|---|
| Reference | AL 30-660 S C |
| Type | Automatic |
| Display | Analog |
| Frequency | 28,800 bph (4 Hz) |
| Jewels | 52 石 |
| Power reserve | 42 h |
| Movement ⌀ | 31 mm |
| Hands | Day / Night Indication, Hours, Minutes, Seconds |
| Date | Date |
| Acoustic | Alarm |
系譜と歴史
1. 鳴り物の伝統と、独立アラームへの着想
パテック フィリップにとって、音を扱う機構は特別な位置にある。1989年の懐中時計キャリバー89は、33の複雑機構の一つとして第5のゴングを打つアラームを備えていた。2014年のグランドマスター チャイムでは、ミニッツリピーターと同じ音列で設定時刻を知らせるアラームが組み込まれた。ただしこれらは、いずれもリピーターの延長線上にある仕掛けである。腕時計用の独立したアラーム機構を一から起こすのは、AL 30-660 S Cが同社初となる。
開発の出発点は、薄く、直感的に扱え、誤操作に強い腕時計という構想であった。モジュール追加ではなく一体型ムーブメントを選んだのは、厚みを抑えるためである。設計と製造の難度は上がるが、操作系を機構に統合できる利点を採った。完成までに5年を要し、アラーム機構には4件の特許が出願された。2019年、この成果はRef.5520Pアラーム トラベルタイムとして結実する。
2. 防水という壁
鳴り物時計の宿命は、響きと密閉の両立にある。ゴングの音はケースを介して外へ抜けるが、防水構造はその伝達を鈍らせがちである。歴代の鳴り物時計が防水を諦めてきたのも、この矛盾ゆえであった。AL 30-660 S Cは、音の伝達経路を作り込むことでこの壁に挑んだ。結果として、パテック フィリップにとって初の、防水ケースを備える鳴り物時計が実現する。30m防水という数値は控えめに映るが、湿潤な気候のもとでも鳴り物を楽しめる意味は小さくない。
打音そのものも、ブザー式の振動音とは性格を異にする。ハンマーが本物のゴングを叩く響きは、ミニッツリピーターに近い澄んだ音色を持つ。日用の道具でありながら、その音には同社の鳴り物の系譜が通っている。
3. FUSからSCへ
2019年のRef.5520Pが搭載したのは、574個の部品からなるAL 30-660 S C FUSである。FUSはトラベルタイム、すなわち二地域時間表示を加えた仕様を指す。対して、2026年のウォッチズ&ワンダーズで発表されたRef.5322Gは趣を変える。トラベルタイムを外し、日付表示とアラームに機能を絞った524部品のAL 30-660 S Cを採る。アラームを主役に据え直した再構成といえる。打刻の精度は一段と高められたとされ、複雑な構造を保ちながら厚さは6.6mmにとどまる。4つのリューズ管を備えた大ぶりな5520Pに対し、5322Gはカラトラバの端正な意匠へと回帰した。同系統の中でも、用途を明快にした世代である。
技術解説
調速機構
調速を担うのは、二つの要素の組み合わせである。ジャイロマックス(Gyromax)テンプと、スピロマックス(Spiromax)ひげゼンマイだ。ジャイロマックスは、テンプのリムに配した小さな錘で慣性モーメントを微調整する方式で、緩急針を持たない。スピロマックスはシリコン系素材シリンバー(Silinvar)製のひげゼンマイで、耐磁性と温度安定性に優れる。特許形状の末端が等時性を高め、姿勢差による精度のばらつきを抑える。振動数は28,800vph (4Hz)。1秒あたり8回の振動に相当する。日差はマイナス3秒からプラス2秒という、パテック フィリップ・シールの基準内に収まる。テンプを瞬時に止めるストップセコンド機構を備え、秒単位の時刻合わせができる。
二つの香箱と自動巻
このキャリバーは、時計本体用とアラーム用に独立した二つの香箱を持つ。本体側の香箱は、21Kゴールド製の中央ローターによる片方向巻き上げで動力を得て、最大52時間を駆動する。一方、アラームの香箱は自動巻の対象外で、使用前にリューズで手動巻き上げを要する。リューズを押し込んだまま一方へ回せば本体香箱を、逆へ回せばアラーム香箱を巻き上げる。巻き上げ過多を防ぐクラッチが組み込まれ、ゼンマイの固着を避ける。二系統の動力を一つのリューズで整理して扱う、合理的な設計といえる。
アラームとゴング
アラームが作動すると、単一のハンマーがムーブメントを囲む円形ゴングを打つ。毎秒2.5回ほどの間隔で、最大40秒・約90打にわたって時を告げる。律動を司るのは遠心ガバナーで、ミニッツリピーターと同じ発想に基づく調速器である。一定の速度で打音を繰り返すための制動装置であり、これがなければ打刻は加速して破綻する。ガバナーの上には、カラトラバ十字を刻んだブリッジが架かる。ゴングはケースバンドへ直接固定され、密閉されたケース越しでも音が抜けるよう配慮される。設定はデジタル表示で15分刻みに行い、オン/オフと昼夜の状態は文字盤の小窓に示される。各機構には独立した安全機構が組み込まれ、不適切な操作による損傷を避ける。
仕上げと認定
外装からは見えにくいが、地板やブリッジには円形のジュネーブ装飾が施される。21Kゴールドのローターには、丸みを帯びた肉抜きが入る。品質を保証するのはパテック フィリップ・シールである。これは外部のクロノメーター認定に代えて、同社が独自に定めた基準である。機構の精度のみならず、仕上げや組み立て、完成後の時計全体の性能までを対象とする。前述の日差マイナス3秒からプラス2秒という許容差も、この認定の一部をなす。なお、2019年のFUS仕様は二地域時間表示の輪列を加えるため574部品からなる。2026年のSC仕様は524部品で、約50点の差が両者の機能差を物語る。