「実用に耐える複雑機構」という思想
1980年代末、機械式時計はクオーツショックからの恢復期にあった。1989年、パテック フィリップは創業150周年を期して33の機構を備えた懐中時計キャリバー89を発表する。この機械式の極北は業界全体に複雑機構復権の機運を生んだが、同時に一つの問いを残した。複雑機構は一握りの愛好家のための工芸品にとどまるのか、それとも日々腕に巻かれる道具となりうるのか。
当時の社長フィリップ・スターンは後者を選んだ。永久カレンダーは精密だが煩雑で、整備コストも高い。ミニッツリピーターは聴覚的快楽であって、日常的有用性とは別軸にある。スターンはこれら「達成」とは別に、扱いやすく、誤動作が少なく、所有者が実際に使い続ける複雑機構の系譜を確立しようとした。この思想が、後にコンプリカシオン・コレクションとして整理される機構群の出発点である。