物語
01創業期 ― ロンドンの時計輸入商
1905年6月、24歳のハンス・ウィルスドルフは、義兄となるアルフレッド・デイヴィスとともにロンドンのハットン・ガーデン83番地で「Wilsdorf & Davis」を設立した。当時の男性用時計は懐中時計が主流であり、腕時計は装飾品か軍人用具という扱いに留まっていた。ウィルスドルフは早くから腕時計の将来性を見抜き、ビールに本拠を置くエグレル社から精度の高い小型ムーブメントを大量発注する。
1908年、「Rolex」の商標が登録された。発音しやすさ、文字盤に収まる短さ、巻き上げ音を想起させる響きを兼ね備えた合成語である。1910年、同社の腕時計はビールのスイス公式精度評定局で世界初の腕時計クロノメーター証明を取得し、1914年にはイギリスのキュー天文台でクラスA精度等級を獲得する。船舶クロノメーターと同等の評価を腕時計が得たことは、装飾品扱いされていた腕時計の社会的地位を一変させる契機となった。
02ジュネーブ移転とオイスターの登場
第一次世界大戦後、輸入関税の負担が重くのしかかるロンドンを離れ、1919年から1920年にかけて本社をジュネーブへ移した。社名は「Montres Rolex SA」となる。続く10年間に、ブランドは決定的な発明を二つ生み出す。
1926年、ペルゴー&ペレ社のねじ込み式リューズ・ベゼル機構の特許を買い取り、これを発展させた防水ケース「オイスター」を発表した。ケース、リューズ、裏蓋を密閉する三重構造は、湿気とほこりの侵入という腕時計最大の弱点を解決した。翌1927年、イギリス人スイマーのメルセデス・グライツが英仏海峡の「検証泳」に、首から下げたオイスターとともに臨んだ。低水温のため彼女はイギリス側を目前に断念するが、10時間以上を冷水で過ごしたオイスターは正常に作動していた。ウィルスドルフは完泳しなかった事実には触れず、この結果を『デイリー・メール』紙の全面広告に展開する。製品の機能を物語と結びつける広告手法はここから始まる。
1931年には、全方向に360度回転する自動巻ローター(通称パーペチュアル機構)の特許を取得する。防水ケースとリューズ操作を最小化する自動巻機構の組み合わせが、後の全シリーズの基礎を成すこととなった。
03戦中・戦後の歩み
第二次世界大戦中、捕虜となったイギリス空軍士官の腕時計が没収される事例が相次いだ。これを知ったウィルスドルフは、捕虜収容所からの注文に対し終戦まで支払いを猶予する形でロレックスを供給する。3,000本以上が発送されたとされ、戦後の英米市場でブランドへの忠誠心を厚く育てた。
1944年に妻を亡くしたことを契機に、翌年ウィルスドルフはハンス・ウィルスドルフ財団を設立し、自身の全株式を同財団に移管した。同年、創業40周年を記念して登場したのが、自動巻と日付窓を組み合わせた最初の腕時計、Datejustである。
1950年代、ブランドは用途別ツールウォッチの黄金期を迎える。1953年にエベレスト初登頂を記念したエクスプローラーと、潜水用の100m防水サブマリーナーが登場する。1955年にはパンアメリカン航空乗務員向けGMTマスター、1956年には曜日をスペル表記で示すDay-Dateが続いた。各モデルが特定の職業を起点に設計された点が、当時のブランド戦略の特徴であった。
041969年クォーツショックへの対応
1969年、セイコーがアストロン35SQでクォーツ式腕時計を実用化すると、スイス時計業界全体が深刻な構造転換を迫られた。ロレックスは1970年に他社と共同でクォーツ「ベータ21」の開発に参加し、1977年からは独自開発のCal. 5035/5055を搭載したオイスタークォーツを発売した。同モデルは約25年生産が続いた。一方で機械式の生産規模は縮小せず、1980年代以降の機械式復権の中で、この方針が結果としてブランドの地位を強固にすることとなる。
051980年代以降の機械式復権と垂直統合
機械式市場の回復とともに、1988年に登場したコスモグラフ デイトナは前世代を大きく上回る人気を集めた。搭載された自動巻Cal. 4030はゼニス エル・プリメロを基礎に大幅な改修を加えたものである。2000年には完全自社製のクロノグラフ Cal. 4130 が登場した。
2000年代以降、ロレックスは部品供給会社の段階的な統合を進めた。2004年には、創業以来の専属ムーブメント供給元エグレル社を含む主要サプライヤーを買収し、垂直統合型のマニュファクチュールへ体制を再編した。素材面でも、パラクロム ヒゲゼンマイ(2000年)、セラクロム ベゼル(2005年)、後にオイスタースチールと命名される904L相当鋼の全面採用が続いた。
0621世紀のロレックス
2014年4月の指名発表を経て、2015年6月に前ゼニスCEOのJean-Frédéric DufourがロレックスCEOに就任した。Chronergy脱進機を採用した新世代Cal. 32xx系列の展開や、サブマリーナー41mmへの一新が彼の在任期間に進んだ。
2020年から2022年にかけて、世界的な需要拡大により正規流通でのロレックスは数年待ちが常態化した。同社は2022年に認定中古プログラムを開始し、2023年8月にはBucherer社の買収を発表する。同社に直系後継者がいない事情が背景にあり、買収後もBucherer名義で独立運営される枠組みが採られた。
2023年、ドレスウォッチに特化した新コレクション「Perpetual 1908」が新Cal. 7140とともに登場。2025年にはオイスタークォーツ以来となる一体型ブレスレットの新コレクション「Land-Dweller」が発表された。毎時36,000振動 (5Hz)の自社Cal. 7135、ダイナパルス脱進機、セラミック製テンプ軸など、密度の高い技術更新が一挙に投入されている。