物語
01商標としての出発(1926-1945)
1926年2月、ジュネーブの時計商「Veuve de Philippe Hüther」が、ハンス・ウィルスドルフのために「The TUDOR」という商標を登録した。すでにロレックスをロンドンからジュネーブへ移し、世界的なブランドへ育てつつあったウィルスドルフが、なぜ別ブランドを必要としたのか。残された彼自身の言葉が、その理由を語っている。「数年来、私は考えてきた。ロレックスより控えめな価格で代理店が販売できる時計を作ることを。しかしその時計は、ロレックスが築いた信頼性の基準を保たなければならない」。
当初の文字盤には単純な「TUDOR」のサインが入り、一部の希少な個体にはロレックスの名前も並んで刻まれ、技術的・美的品質をロレックスが保証する関係が示されていた。1936年10月、ウィルスドルフは商標を完全に自らの管理下に移す。同じ頃、文字盤にはチューダー王朝のシンボルである薔薇が、盾の中に描かれた紋章として現れた。堅牢さと優美さの結合を意図した意匠とされる。
02オイスター・プリンスと「破壊試験」(1946-1955)
1946年3月6日、ウィルスドルフは「Montres TUDOR S.A.」を正式に設立した。男女両性向けのコレクションを展開し、ロレックスが技術・流通・アフターサービスを保証する体制が組まれた。1952年に発表されたオイスター・プリンスは、自動巻きムーブメントを備え、ロレックス特許のオイスターケースを共有する初のチューダーとなる。
この機構を象徴的に証明する出来事が同年に訪れる。エリザベス女王とウィンストン・チャーチルの命を受けて組織された英国北グリーンランド探検隊に、チューダー・オイスター・プリンスが26本貸与されたのである。気温は華氏マイナス50度から70度まで変動する過酷な2年間。1953年11月、隊員JD・ウォーカー大尉はロレックスに宛て、「英国からの時報と照合する限り、わたしのロレックス・チューダー・プリンスは驚くべき正確さを維持していた」と書き送っている。この成功を基に、チューダーは「破壊試験(Trial of Destruction)」と称する広告戦略を展開する。著名人ではなく炭鉱夫、削岩工、リベット工——職業人の腕に乗った時計の写真と、過酷な使用条件を細部まで記した文章が、強い印象を残した。
03フランス海軍と「スノーフレーク」の誕生(1954-1985)
1954年、ブランド初のダイバーズウォッチであるオイスター・プリンス・サブマリーナーRef. 7922が登場した。1956年、フランス海軍トゥーロンの水中研究所(G.E.R.S.)が試験的にRef. 7922および7923を受領し、その「完璧な防水性」と「全く正確な性能」を評価する。これが、四半世紀以上にわたって続くチューダーとフランス海軍の供給関係の起点となった。
1958年のRef. 7924は防水性能を200mに引き上げ、視認性のため大型化された竜頭から「ビッグクラウン」の異名で呼ばれるようになる。1959年のRef. 7928はクラウンガードを導入し、現代ダイバーズウォッチの基本構造を確立した。
そして1969年、Ref. 7016が登場する。フランス海軍ダイバーから「水中での視認性をさらに改善したい」という要望を受け、チューダーは角型インデックスと菱形の時針を採用した。後に収集家たちが「スノーフレーク」と名付けたこのデザインは、より広い面積に蛍光塗料を載せることを可能とし、暗い深海での読み取りやすさを実現する。1974年に納入された一群からは、ケースバックに「MN」(Marine Nationale)とその年号を刻む慣行が始まり、1975年以降はRef. 9401の青文字盤と青ベゼルが「チューダー・ブルー」と呼ばれるブランド固有の色彩を定着させた。
04沈静期と再起の準備(1969-2008)
1969年のクォーツショックは機械式時計産業全体を揺さぶり、チューダーもその影響と無縁ではなかった。1980年代から90年代にかけてはブランドのアイデンティティが希薄化し、米国市場からの一時撤退も生じる。販売は中華圏に偏り、世界での存在感は徐々に薄れていった。一方で、軍納入の実績と1960~70年代モデルの個性は、コレクター層の間で静かに評価を蓄積していった。
05「Born to Dare」とブラックベイ以後(2009-現在)
2009年、チューダーは本格的なブランド再構築に踏み切る。2010年のヘリテージ・クロノに続き、決定的だったのは2012年のヘリテージ・ブラックベイとペラゴスの同時発表である。ブラックベイは1950-70年代のサブマリーナーから要素を抽出して再構築し、ペラゴスはロレックス・グループ初のチタン製腕時計として500m防水を備える。
2015年、ノース・フラッグとペラゴスに初のマニュファクチュール・キャリバーMT5621が搭載される。翌2016年、その開発と生産を担う会社としてケニッシがジュネーブに設立された。エリック・ピルソンがマネージング・ディレクターに就任したのもこの頃である。2017年にはブライトリングとの相互供給契約が結ばれ、同年「Born to Dare」キャンペーンとデヴィッド・ベッカム、レディー・ガガのアンバサダー起用が発表された。
2021年、半世紀の沈黙を破ってフランス海軍との協業が復活し、ペラゴスFXDが「コマンド・ユベール」隊員の実用装備として登場する。同年、スイス・ル・ロックルに、ムーブメント製造会社ケニッシを隣接させた自社マニュファクチュールが完成し、2023年に正式に開所された。
2026年2月、チューダーは商標登録から100年を迎えた。同年のウォッチズ&ワンダーズでは、ブラックベイ58のMETAS認定アップデート、フルセラミックブレスレットのブラックベイ・セラミック、1991年の名を復活させたモナークなどが発表されている。