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BRAND · DE · EST. 1860

TAG Heuerタグ・ホイヤー

Country
DE
Founded
1860
Headquarters
スイス ラ・ショー・ド・フォン
Group
LVMH モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン
Founders
エドゥアール・ホイヤー
Web
www.tagheuer.com ↗

クロノグラフと精密計時の革新に160年余を捧げてきた、スイス時計界きってのアヴァンギャルド。モータースポーツと深く結ばれる伝統派

01 — 概要 / OVERVIEW

1860年、エドゥアール・ホイヤーが20歳でスイス・サンティミエに開いた工房を起源とするTAG Heuer。クロノグラフ機構の革新を一貫して掲げ、1887年の揺動ピニオン、1969年の自動巻きキャリバー11、近年のTH20系列に至るまで、計時技術の前衛として歩んできた。1985年にTAGグループ(Techniques d'Avant-Garde)の名がブランドに加わり、1999年からLVMH傘下。本社はスイス・ラ・ショー・ド・フォン。カレラ、モナコ、アクアレーサーを軸にモータースポーツとの結びつきは深く、2025年からフォーミュラ1の公式計時を再び務める。

02 — Philosophy

設計思想

What this house values

TAG Heuerの設計思想は、社名そのものが端的に示している。「TAG」は「Techniques d'Avant-Garde(アヴァンギャルドの技術)」の略であり、伝統工芸の継承者というよりも、計時技術の前衛として歩むことが、このブランドが選び取ってきた立ち位置である。

機構面で同社が一貫して掲げてきたのは、クロノグラフの精度と操作感をどこまで磨けるかという一点である。1887年のエドゥアール・ホイヤーによる揺動ピニオン特許に始まり、1916年の100分の1秒計測マイクログラフ、1969年の自動巻きキャリバー11、2010年のキャリバー1887、近年のTH20系列とヴォシェ製作所と共同開発するTH80・TH81系列に至るまで、計測の解像度と操作の即応性が常に主題に置かれてきた。グランドコンプリケーションの華やかさよりも、計時という時計の根本機能を突き詰める方向である。

意匠面では、視認性と機能性が核となる。1963年のカレラに見られる、目盛をテンションリングに移して整理されたダイヤルは、計時現場での即読を意図したものだ。一方で1969年のモナコのように、技術的飛躍を象徴的に伝えるため、四角いケースや左配置の竜頭という大胆な造形を選ぶ決断もしてきた。合理性と前衛性が同居するのが、ホイヤー以来の意匠的個性である。

商業哲学としては、機械式時計を富裕層の独占物に閉じこめないという姿勢が見える。1980年代のFormula 1シリーズ、2015年からのスマートウォッチConnected、近年の太陽光発電クォーツSolargraphなど、古典派の高級時計が避けがちな領域にも踏み込んできた。複雑機構を独自開発しつつ入門価格帯を維持する二段構えは、伝統高級路線とは明確に異なる位置取りである。長年掲げてきた広告コピー「Don't crack under pressure(圧力に屈するな)」は、スポーツ計時を出自に持つこのブランドの性格を端的に伝えている。

03 — Story

物語

A narrative of the house

1. サンティミエの工房 (1860-1892)

1860年、エドゥアール・ホイヤーは20歳でサンティミエに時計工房を構えた。1864年にブルッグへ、1867年にビエンヌへ拠点を移し、100年以上にわたる事業の基盤を築いた。

エドゥアールは創業者である以前に発明者だった。1869年、竜頭で巻き上げと時刻合わせができる懐中時計機構を特許化。1882年に初のクロノグラフを、1887年にはクロノグラフ史上もっとも重要な発明とされる「揺動ピニオン」の特許を取得した。プッシャーひと押しでクロノグラフを始動・停止させるこの機構は、140年近く経った今もスイスの大手メーカーで使われ続けている。1892年4月、エドゥアールは52歳で没した。

2. 計時器メーカーとしての確立 (1900-1950s)

20世紀初頭、自動車と航空機の登場により、時計に求められる用途は走行時間や飛行時間の計測へと広がる。1911年、Heuerはダッシュボード搭載クロノグラフ「Time of Trip」を発表。1916年には100分の1秒精度の機械式ストップウォッチ「Mikrograph」を世に出し、スポーツ計時メーカーとしての地位を確立した。

1933年、自動車(Autos)と航空(Aviation)を組み合わせた語「Autavia」のダッシュボードクロノグラフが登場し、後の腕時計シリーズへ受け継がれる。1940年代後半から1950年代には米アバクロンビー&フィッチ向けに潮汐表示の「Solunar」「Mareographe」を供給し、北米市場での認知を広げた。

3. ジャック・ホイヤーの時代 (1958-1969)

1958年、創業家4代目にあたるジャック・ホイヤー(1932年生)が入社する。1961年、28歳で経営の中枢に就いた彼は、モータースポーツへの関心を経営方針の中心に据えた。

1962年、米セブリングの12時間レースで、ロドリゲス兄弟の両親から「カレラ・パナメリカーナ」という1950年代メキシコのロードレースの存在を教えられたとされる。「道」「レース」「人生」と多様な意味を持つこの言葉に魅かれた彼は、翌1963年のバーゼル時計見本市で新作クロノグラフ「カレラ」を発表する。テンションリングに目盛を移した清冽な意匠は、後にブランドの代表作となった。

4. 1969年——自動巻きクロノグラフの春

1960年代を通じて、業界では「自動巻きとクロノグラフの両立」が未解決の課題だった。Heuerはブライトリング、ハミルトン=ビューレン、デュボワ・デプラとコンソーシアムを組み、コードネーム「Project 99」のもと開発を進める。1969年3月3日に発表されたキャリバー11(別名「Chronomatic」)は、ゼニスのエル・プリメロ、セイコーのキャリバー6139と並ぶ、世界初級の自動巻きクロノグラフ・ムーブメントとなった。各陣営の「最初」をめぐる議論は今日まで続いている。

ジャック・ホイヤーは新キャリバー搭載モデルとしてオータヴィア、カレラに加え、新規開発の角型ケースを持つ「モナコ」を投入する。スイス時計界で初級の角型・100m防水・自動巻きを実現した同モデルは、1971年公開の映画『栄光のル・マン』でスティーブ・マックィーンが青いダイヤルのRef. 1133Bを着用し、時計の枠を越えた文化記号となる。

5. クォーツ危機と家族からの離脱 (1970s-1985)

1970年代後半、機械式時計産業はクォーツの普及と為替変動の二重苦に直面した。Heuerも業績の落ち込みに苦しみ、1982年、ジャック・ホイヤーはピアジェやヌーヴェル・レマニアを含む投資家連合への会社売却を決断する。創業家による経営は122年でいったん幕を閉じた。

1985年、ルクセンブルクの持株会社TAGグループ(Techniques d'Avant-Garde、マンスール・オジェ率いる)が経営を引き受け、社名は「TAG Heuer」となる。「アヴァンギャルドの技術」を意味するTAGの名は、その後のブランド像を方向づけた。1985年から2015年まで、同社はマクラーレンF1チームを長期にわたり支援する。

6. LVMHの時代と再生 (1999-2020s)

1999年、LVMHモエ ヘネシー・ルイ ヴィトンが約7億4,000万米ドルでTAG Heuerを買収。2001年、ジャック・ホイヤーは名誉会長として古巣に戻った。LVMH時代は機械式の自社開発路線と先端技術への投資を並行させた。2010年の創業150周年には、セイコーインスツルのTC78を基礎に自社で再設計したキャリバー1887を発表する。当初「100%自社開発」と称したことが議論を呼び、当時のCEOバビンが基礎設計の出自を公に認めた。これを皮切りに、Heuer 01・Heuer 02、近年のTH20系列、太陽光発電クォーツTH50-00 Solargraphへと自社開発の系譜が続く。ヴォシェ製作所と共同開発するTH80・TH81系列でスプリットセコンドも主力に組み込んでいる。

7. F1への帰還と新章 (2025-)

2024年10月、LVMHグループはLiberty MediaとF1の10年契約を締結したと報じられた。2025年シーズンから、TAG HeuerはRolexに代わってフォーミュラ1の公式計時を再び務める。1992年から2003年までに続く2度目の担当である。マックス・フェルスタッペン、ライアン・ゴズリング、シドニー・マクラフリン=レヴロンらを起用した「Designed to Win」キャンペーンが展開されている。

2026年1月のLVMH Watch Weekミラノでは、初のスプリットセコンドを搭載したカレラ・スプリットセコンドクロノグラフ、41mmケースの新カレラ群、「カレラ・シーフェアラー」が発表された。同年5月、ベアトリス・ゴアスグラが同社初の女性CEOに就任。1860年にひとりの青年がサンティミエで始めた工房は、160年を超えて新たな章を刻み始めている。

04 — History

歴史

A factual chronology

TAG Heuerの歴史は、1860年にエドゥアール・ホイヤーが20歳でスイス・サンティミエの実家敷地内に開いた小さな工房に始まる。当初は懐中時計を主に製造していたが、創業者は早くから技術的工夫に取り組み、1869年には鍵を使わない竜頭巻き上げ機構の特許を取得した。1864年に工房をブルッグへ、1867年にはビエンヌへ移転し、ビエンヌは100年以上にわたって同社の本拠となる。

スポーツ計時メーカーとしての性格が定まるのは19世紀末から20世紀初頭にかけてである。1882年に最初のクロノグラフを特許化し、1887年には揺動ピニオンの特許を取得。プッシャーひと押しでクロノグラフを瞬時に始動・停止させるこの機構は、今日でも多くの機械式クロノグラフに採用されている。1892年に創業者エドゥアールが没した後、息子のジュール=エドゥアール、続く世代のシャルル=オーギュストが事業を継ぎ、1911年にはダッシュボード用クロノグラフ「Time of Trip」を発表する。1916年に登場した「Mikrograph」は、100分の1秒まで計測できる機械式ストップウォッチとして競技計時に投入された。

1933年、Autos+Aviationを語源とするダッシュボードクロノグラフ「Autavia」が登場。1958年、創業家4代目のジャック・ホイヤーが入社し、1961年に経営の中枢に立つ。1962年に腕時計型オータヴィアが、1963年には「カレラ」が発表された。1964年にはレオニダス・ウォッチ社と合併し、社名は一時「Heuer-Leonidas」となる。1966年2月2日にデュボワ・デプラ、レオン・ブライトリングと協定を結び(開発途中でビューレンを買収したハミルトンが加わる)、1969年3月3日に自動巻きクロノグラフ・キャリバー11が完成し、これを搭載する新世代カレラ、オータヴィア、そして角型ケースの「モナコ」が同時発表された。1971年にフェラーリとの契約も結ばれた。

1970年代後半からのクォーツショックは同社にも重くのしかかり、1982年にジャック・ホイヤーは投資家連合へ会社を売却。1985年、TAGグループが経営を引き継ぎ、社名は「TAG Heuer」となる。1992年から2003年までF1の公式計時を初めて担当。1996年にカレラ、1998年にモナコが復刻され、1999年にLVMHが約7億4,000万米ドルで買収。2001年にジャック・ホイヤーが名誉会長へ復帰。2010年にセイコーTC78を基礎とするキャリバー1887、2015年にスマートウォッチConnectedを投入。2024年1月にトルナーレがCEOに就くが同年9月にウブロへ転じ、アントワーヌ・パンが後任となる。2025年からはフォーミュラ1の公式計時に復帰し、2026年5月1日、ベアトリス・ゴアスグラがCEOに就任した。

05 — Series overview

シリーズ概観

How the series relate

TAG Heuerの現行シリーズは、いずれもブランドの異なる側面を体現している。

カレラは1963年にジャック・ホイヤーが手がけた、ブランドを象徴するクロノグラフ・シリーズである。テンションリングへの目盛配置と余計な要素を削いだダイヤルが特徴で、現在は39mm、41mm、42mmなど複数の口径と、TH20系列の自社キャリバー、湾曲した「ガラス箱型(Glassbox)」サファイア風防を組み合わせた現代版が展開されている。スプリットセコンドや太陽光発電など、新機構の最初の受け皿になることが多い。

モナコは1969年に発表された、世界初級の防水自動巻きクロノグラフを搭載した角型時計である。スティーブ・マックィーン着用で知られる青いダイヤルのRef. 1133Bがアイコンで、現在も39mm前後の正方形ケースで1969年の意匠を保つ。近年は新キャリバーTH80-00やTH81-00を搭載する高難度モデルが追加されている。

オータヴィアはもともと1933年のダッシュボードクロノグラフ名だったが、1962年に腕時計シリーズへ転用された。回転ベゼル付きのレーシング/パイロット系チャートを今に伝える。

アクアレーサーは2004年に登場した200m防水のダイバーズ系シリーズで、もとは1980年代の2000シリーズに遡る系譜を持つ。ステンレスやチタンのケースと、太陽光発電クォーツTH50-00 Solargraphの組み合わせなど、実用面が重視される。

リンクは1987年の「S/el(Sport/Elegance)」を起源とし、1999年に現在の名へ。スーツとスポーツの両方を視野に入れた都市向けの位置づけである。フォーミュラ1は1986年に発表されたエントリーラインで、アクセシブルな価格帯と若年層への入口を担う。コネクテッドは2015年から続くスマートウォッチで、LVMH傘下のスイス高級時計ブランドとしては異例の挑戦である。長年絶版だった「シーフェアラー」が2026年にカレラの派生として復活するなど、シリーズの再編は現在も進行している。

06 — Series

代表シリーズ

Lineages of one house
シリーズ一覧 →
07 — Calibers

主要キャリバー

Movements of the house
キャリバー一覧 →
08 — Cultural

文化との接点

Where this house meets the wider world

TAG Heuerは、20世紀後半以降のモータースポーツ文化と深く結ばれて語られるブランドである。

中心にあるのは映画とF1との結びつきである。1969年、スイス人レーサー、ジョー・シフェールはHeuerと個人スポンサー契約を結んだ。時計ブランドが個別ドライバーをスポンサーした最初期の事例とされる。1971年公開の映画『栄光のル・マン』では、シフェールから借りたレーシングスーツを着たスティーブ・マックィーンが、青いダイヤルのモナコRef. 1133Bを左手首に巻いた。マックィーン没後もこの映像は長く広告に使われ、モナコは時計の枠を越えた文化記号となった。

F1との関係は、1971年のフェラーリ・スクーデリアへのスポンサー契約に始まり、1985年から2015年までのマクラーレン、2016年からのレッドブル・レーシングへと続いた。公式計時担当は1992年から2003年までを務めた後、2025年から再びその役割を引き受けている。米テレビドラマ『ブレイキング・バッド』終盤で主人公がモナコを贈られる演出も、ブランドが日常文化のなかで参照される位置を物語っている。