物語
01サンティミエの工房 (1860-1892)
1860年、エドゥアール・ホイヤーは20歳でサンティミエに時計工房を構えた。1864年にブルッグへ、1867年にビエンヌへ拠点を移し、100年以上にわたる事業の基盤を築いた。
エドゥアールは創業者である以前に発明者だった。1869年、竜頭で巻き上げと時刻合わせができる懐中時計機構を特許化。1882年に初のクロノグラフを、1887年にはクロノグラフ史上もっとも重要な発明とされる「揺動ピニオン」の特許を取得した。プッシャーひと押しでクロノグラフを始動・停止させるこの機構は、140年近く経った今もスイスの大手メーカーで使われ続けている。1892年4月、エドゥアールは52歳で没した。
02計時器メーカーとしての確立 (1900-1950s)
20世紀初頭、自動車と航空機の登場により、時計に求められる用途は走行時間や飛行時間の計測へと広がる。1911年、Heuerはダッシュボード搭載クロノグラフ「Time of Trip」を発表。1916年には100分の1秒精度の機械式ストップウォッチ「Mikrograph」を世に出し、スポーツ計時メーカーとしての地位を確立した。
1933年、自動車(Autos)と航空(Aviation)を組み合わせた語「Autavia」のダッシュボードクロノグラフが登場し、後の腕時計シリーズへ受け継がれる。1940年代後半から1950年代には米アバクロンビー&フィッチ向けに潮汐表示の「Solunar」「Mareographe」を供給し、北米市場での認知を広げた。
03ジャック・ホイヤーの時代 (1958-1969)
1958年、創業家4代目にあたるジャック・ホイヤー(1932年生)が入社する。1961年、28歳で経営の中枢に就いた彼は、モータースポーツへの関心を経営方針の中心に据えた。
1962年、米セブリングの12時間レースで、ロドリゲス兄弟の両親から「カレラ・パナメリカーナ」という1950年代メキシコのロードレースの存在を教えられたとされる。「道」「レース」「人生」と多様な意味を持つこの言葉に魅かれた彼は、翌1963年のバーゼル時計見本市で新作クロノグラフ「カレラ」を発表する。テンションリングに目盛を移した清冽な意匠は、後にブランドの代表作となった。
041969年——自動巻きクロノグラフの春
1960年代を通じて、業界では「自動巻きとクロノグラフの両立」が未解決の課題だった。Heuerはブライトリング、ハミルトン=ビューレン、デュボワ・デプラとコンソーシアムを組み、コードネーム「Project 99」のもと開発を進める。1969年3月3日に発表されたキャリバー11(別名「Chronomatic」)は、ゼニスのエル・プリメロ、セイコーのキャリバー6139と並ぶ、世界初級の自動巻きクロノグラフ・ムーブメントとなった。各陣営の「最初」をめぐる議論は今日まで続いている。
ジャック・ホイヤーは新キャリバー搭載モデルとしてオータヴィア、カレラに加え、新規開発の角型ケースを持つ「モナコ」を投入する。スイス時計界で初級の角型・100m防水・自動巻きを実現した同モデルは、1971年公開の映画『栄光のル・マン』でスティーブ・マックィーンが青いダイヤルのRef. 1133Bを着用し、時計の枠を越えた文化記号となる。
05クォーツ危機と家族からの離脱 (1970s-1985)
1970年代後半、機械式時計産業はクォーツの普及と為替変動の二重苦に直面した。Heuerも業績の落ち込みに苦しみ、1982年、ジャック・ホイヤーはピアジェやヌーヴェル・レマニアを含む投資家連合への会社売却を決断する。創業家による経営は122年でいったん幕を閉じた。
1985年、ルクセンブルクの持株会社TAGグループ(Techniques d'Avant-Garde、マンスール・オジェ率いる)が経営を引き受け、社名は「TAG Heuer」となる。「アヴァンギャルドの技術」を意味するTAGの名は、その後のブランド像を方向づけた。1985年から2015年まで、同社はマクラーレンF1チームを長期にわたり支援する。
06LVMHの時代と再生 (1999-2020s)
1999年、LVMHモエ ヘネシー・ルイ ヴィトンが約7億4,000万米ドルでTAG Heuerを買収。2001年、ジャック・ホイヤーは名誉会長として古巣に戻った。LVMH時代は機械式の自社開発路線と先端技術への投資を並行させた。2010年の創業150周年には、セイコーインスツルのTC78を基礎に自社で再設計したキャリバー1887を発表する。当初「100%自社開発」と称したことが議論を呼び、当時のCEOバビンが基礎設計の出自を公に認めた。これを皮切りに、Heuer 01・Heuer 02、近年のTH20系列、太陽光発電クォーツTH50-00 Solargraphへと自社開発の系譜が続く。ヴォシェ製作所と共同開発するTH80・TH81系列でスプリットセコンドも主力に組み込んでいる。
07F1への帰還と新章 (2025-)
2024年10月、LVMHグループはLiberty MediaとF1の10年契約を締結したと報じられた。2025年シーズンから、TAG HeuerはRolexに代わってフォーミュラ1の公式計時を再び務める。1992年から2003年までに続く2度目の担当である。マックス・フェルスタッペン、ライアン・ゴズリング、シドニー・マクラフリン=レヴロンらを起用した「Designed to Win」キャンペーンが展開されている。
2026年1月のLVMH Watch Weekミラノでは、初のスプリットセコンドを搭載したカレラ・スプリットセコンドクロノグラフ、41mmケースの新カレラ群、「カレラ・シーフェアラー」が発表された。同年5月、ベアトリス・ゴアスグラが同社初の女性CEOに就任。1860年にひとりの青年がサンティミエで始めた工房は、160年を超えて新たな章を刻み始めている。