物語
01一つの屋根の下に — 創業と垂直統合
1865年、22歳のジョルジュ・ファーヴル=ジャコはスイス・ル・ロックルに自らの工房を構えた。原名をジョルジュ=エミール・ファーヴル=ビュルといい、結婚を機に妻方の姓を加えてファーヴル=ジャコと名乗ったと伝わる。当時の時計製造は、地域に点在する小工房や職人が部品を分担して作り、それを組み合わせる方式が一般的だった。ファーヴル=ジャコはこの分業の非効率に着目し、設計から部品製造、組み立てまでを一つの製造拠点に集約する道を選んだ。
彼が築いた工場は広大な敷地に複数の建屋を連ね、原材料の搬入のために鉄道駅と直結していたと記録される。同社はこの体制を「近代的な意味での最初のマニュファクチュール」と位置づけているが、垂直統合の先駆という評価には他の見方もあり、断定は避けたい。確かなのは、創業者が工程全体の管理によって精度と品質を高めようとした点である。「ゼニス」の名は、彼が手がけたムーブメントに与えた呼称に由来するとされ、商標としての登録は1900年前後に進められた。
02精度競技の時代 — キャリバー135と観測所の栄光
20世紀半ば、機械式時計の精度は観測所の競技によって競われた。ヌーシャテル、ジュネーブ、英国キューといった観測所が過酷な試験を課し、上位入賞は大きな宣伝価値を持った。ゼニスはこの舞台で名を高めた一社である。
技術責任者の指示のもと、技師エフレム・ジョバンが手がけたのが1948年発表のキャリバー135である。直径30mmという競技規定の上限に収まりつつ、大型のテンプと大きな香箱を備え、輪列を中心軸からずらすことでテンプの空間を確保するという独自の構成を採った。この設計が高い等時性をもたらした。実際の調整は、シャルル・フレックやルネ・ギガックスといった調速師の手作業に支えられていた。キャリバー135は1950年から1954年にかけてヌーシャテル観測所で連続入賞を果たし、観測所用キャリバーとして際立った受賞数を残したと伝わる。
03エル・プリメロ — 1969年の高振動クロノグラフ
1960年代、複数のメーカーが自動巻きクロノグラフの実現を競っていた。ゼニスは「3019 PHC」の符牒で開発を進め、1969年1月10日に「エル・プリメロ」(スペイン語で「最初のもの」の意)を発表した。一体設計の自動巻きで、毎時36,000振動 (5Hz) という高振動を備え、1/10秒の計測を可能にした点が画期だった。
もっとも、「世界初の自動巻きクロノグラフ」という位置づけには議論がある。同じ1969年、ホイヤー、ブライトリングらの共同開発によるキャリバー11(クロノマティック)、そしてセイコーの6139も登場しており、各陣営がそれぞれ先行性を主張している。発表時期ではエル・プリメロが先んじたとされる一方、量産・市場投入の順序をめぐっては解釈が分かれており、現在も確定的な結論は出ていない。
04屋根裏の決断 — クォーツ危機とシャルル・ベルモ
1960年代後半、ゼニスはモバードやモンディアと持株会社を組み、米国市場での販路を確保しようとした。米国の家電大手ゼニス・ラジオ社と商標が重なり、自社名での販売が難しかったためである。1971年、そのゼニス・ラジオ社が時計会社の株式の過半を取得した。新たな経営陣はクォーツへの転換を見込み、1975年に機械式ムーブメントの生産停止を決定する。
1976年、機械式の製造設備を金属くずとして売却する指示が下った。これに抗ったのが、エル・プリメロの組み立て工房を率いていたシャルル・ベルモである。彼は機械式の将来をなお信じ、設計図や工具、プレス機を工場の屋根裏に隠した。「自動巻きの機械式クロノグラフが完全に消えるとは考えにくい」という趣旨の言葉を残したと伝わる。職を失う危険を伴う判断だった。
1978年末、設備はスイスのディクシー社の手に渡り、ゼニスは再びスイス資本のもとに戻る。エベルの支援を受けてエル・プリメロの生産が再開され、1984年にはゼニス自身の時計づくりが軌道に戻った。ベルモが守った設計図と工具が、この復活を可能にした。
05ロレックスとの邂逅、そしてLVMHへ
機械式時計の需要が回復するなか、エル・プリメロは外部からも注目された。1988年、ロレックスは初の自動巻きデイトナ(Ref. 16520)に、エル・プリメロ400を基にした自社キャリバー4030を搭載する。ロレックスは部品の多くを再設計し、振動数を下げて耐久性を高めたうえで採用した。この関係は2000年にロレックスが自社製キャリバー4130へ移行するまで続いた。
1999年11月、ゼニスはLVMHの傘下に入り、タグ・ホイヤーやウブロと並ぶ時計部門の一翼を担うことになった。
06現代 — デファイと新たな精度の探求
2009年に経営を率いたジャン=フレデリック・デュフール(のちロレックスCEOに転じた)のもとで、ゼニスはパイロットやエル・プリメロの再構築を進めた。2017年にはデファイ・ラボを発表し、シリコン製の一体型振動子「ZOオシレーター」を搭載する。これはLVMH時計部門の研究を率いたギ・セモンらの開発によるもので、テンプとひげぜんまいに代わる調速機構として注目を集めた。2019年のデファイ・インベンターで量産化へと進んだ。
その後はジュリアン・トルナーレ(2017〜2023年)が現代的なコレクションへの刷新を主導し、2024年からはブノワ・ド・クレールが指揮を執る。LVMH時計部門はフレデリック・アルノーが統括する体制となった。2025年の創業160周年には、観測所キャリバー135を現代に再構成した「G.F.J.」を発表し、創業者の精度への志を改めて掲げている。