Calibre 11
1969年、自動巻クロノグラフ競争に投じられたモジュラー機構。左リューズを象徴とする、ホイヤー由来のキャリバー
キャリバー 11は、1969年に発表されたモジュラー式の自動巻クロノグラフである。ホイヤー、ブライトリング、ハミルトン-ビューレン、デプラの4社による「プロジェクト99」から生まれ、自動巻クロノグラフ実用化の先陣争いを象徴する一基となった。ビューレンのマイクロローター基幹に、デプラ製モジュールを重ねる構造で、リューズがプッシュボタンと反対の左側に座る点を最大の識別点とする。初代は毎時19,800振動・42時間のパワーリザーブを備え、モナコやカレラを駆動した。現行機は2009年に復活し、汎用基幹にデュボア・デプラ製モジュールを組む構成で、左リューズの作法を継ぐ。
| Maker | TAG Heuer |
|---|---|
| Reference | Calibre 11 |
| Type | Automatic |
| Display | Analog |
| Frequency | 28,800 bph (4 Hz) |
| Jewels | 59 石 |
| Power reserve | 40 h |
| Movement ⌀ | 30 mm |
| Hands | Hours, Minutes, Small Seconds |
| Date | Date |
| Chronograph | Chronograph |
系譜と歴史
1. プロジェクト99と1969年の競争
1960年代、自動巻クロノグラフの実用化は業界の悲願であった。1965年末、クロノグラフ専業デプラのジェラルド・デュボアは、薄型のマイクロローター機構なら、その上にクロノグラフモジュールを重ねられると着想する。彼はビューレンのハンス・コッヘルに接触し、商業的後ろ盾としてジャック・ホイヤー、続いてウィリー・ブライトリングを引き入れた。1966年2月2日に協定が結ばれ、競合どうしのホイヤーとブライトリングが手を組む異例の4社連合が成立する。開発は秘匿のため「プロジェクト99」と呼ばれた。
1967年9月に特許が出願され、1968年末には約100個の先行量産機が組まれた。1969年3月3日、ニューヨークとジュネーブで同時に発表が行われる。この先陣争いには、高振動の一体型を掲げたゼニス、一体型コラムホイールのセイコーも加わっていた。ゼニスは1969年1月の記者発表で先んじたが市場投入は同年10月、セイコーは早期から量産に入っていたとされる。「世界初」をめぐる議論は今も決着していないが、スイス勢として最初に市場へ届いた一基という点に、本機の歴史的意義がある。
2. 12・14・15への展開
発表直後から最適化が重ねられた。1971年には毎時21,600振動へ高めたキャリバー 12が登場し、香箱ばねの強化や脱進機の調整によりファミリーの主力となる。小秒針を周縁に組む計画のキャリバー 13は商品化されずに終わった。1972年にはGMT機構を加えたキャリバー 14、小秒針を備えたキャリバー 15が派生する。1974年のキャリバー 7740は、同じクロノグラフモジュールを用いながら、基幹をヴァルジュー製の手巻へ替え、リューズを3時位置へ戻した。PVD仕上げの「ダークロード」を駆動したこの世代をもって、初代モジュールの系譜は幕を閉じる。
3. 現代の復活とモジュラーの継承
クォーツ化の波で一度は途絶えた名は、2009年に復活する。モナコ40周年記念のCAW211Aで、リューズを左に置く意匠が初代から忠実に再現された。2015年の量産機CAW211Pがこれを定着させる。ただし現行のキャリバー 11は、初代のような独自設計ではない。汎用基幹のETA 2892系(2011年頃以降はセリタSW300系)に、デュボア・デプラ製のクロノグラフモジュールを組む構成であり、その価値は機構の独自性より、左リューズという象徴の継承にある。2026年、ホイヤーはモナコに自社製のキャリバー TH20-11を投入し、左リューズを初めて自社機構として作り込んだ。長く外部基幹に依存してきたモジュラーの一章は、ここで節目を迎えている。
技術解説
キャリバー 11の機構を理解する鍵は、その「モジュラー構造」にある。時刻を刻む基幹キャリバー(エボーシュ)と、計時を司るクロノグラフモジュールを別々に作り、後者を前者へ重ねて一体化する方式である。初代では、ビューレン製のマイクロローター自動巻が基幹を担った。マイクロローターとは、巻き上げ用の回転錘を地板に埋め込み、全体の厚みを抑える機構を指す。この薄さがあって初めて、上にクロノグラフ機構を載せる設計が成立した。クロノグラフモジュールはデプラ(後のデュボア・デプラ)が手がけ、カム切り替え式(コーリス)のレバー機構で計時を制御する。
左リューズという最大の識別点も、この構造の帰結である。クロノグラフモジュールを文字盤側へ重ねたため、基幹から伸びる巻き真がプッシュボタンと反対側に出る。意匠ではなく、機構上の必然として左に座ったのである。
初代の諸元は、17石、直径31mm、厚さ7.7mm。毎時19,800振動(約2.75Hz)で、パワーリザーブは42時間。表示は30分計を3時、12時間計を9時に置くバイコンパックス(2つの積算計)で、スモールセコンドを持たず、日付を6時に備える。1971年のキャリバー 12では毎時21,600振動(3Hz)へ高め、香箱ばねと脱進機を見直して安定性を増した。
2009年に復活した現行のキャリバー 11は、基幹を汎用エボーシュへ置き換えている。当初のETA 2892系から2011年頃にセリタSW300系へ移行し、デュボア・デプラ製モジュール(2006系とされる)を組む。直径30mm、59石、毎時28,800振動(4Hz)、パワーリザーブは40〜42時間。毎時28,800振動は1秒間に8打を刻み、1/8秒単位の計時を可能にする。時・分・秒・日付に加えクロノグラフを備え、地板にはコート・ド・ジュネーブとペルラージュが施され、シースルーバックから望める。クロノグラフの起動制御は、コラムホイールではなくカム式を採るが、両者は精緻さと量産性のどちらに重きを置くかという設計思想の違いであり、優劣ではない。
モジュラー方式の利点は保守性にも及ぶ。クロノグラフ機構を基幹から分離できるため、整備や部品交換を機構単位で進めやすい。反面、基幹の上に層を重ねるぶん全体の厚みは増す傾向にあり、薄型化には不利という側面も併せ持つ。現行機の表示は30分計を3時、12時間計を9時、スモールセコンドを6時に配し、初代のバイコンパックスに小秒針を加えた構成をとる。クロノメーター認定は付されないが、地板の仕上げは観賞に堪える水準にある。基幹こそ外部供給だが、左リューズの作法は初代から一貫して受け継がれている。