物語
01アメリカ人時計師が選んだスイスの辺境
1868年、アメリカ・ボストン近郊のE・ハワード社で経験を積んだフローレンタイン・アリオスト・ジョーンズ(Florentine Ariosto Jones)は、スイスのシャフハウゼンに渡り、International Watch Company を設立する。当時28歳前後。彼の構想は単純明快であった。スイスにはまだ家内制の熟練手工が残り、賃金水準も比較的低い。そこにアメリカ式の機械化された量産工程を持ち込めば、米国市場向けに高品質な時計を競争力ある価格で供給できる、というものである。
ジュネーブやラ・ショー=ド=フォンといった既存の時計産地ではなく、ドイツ国境に近いスイス北端のシャフハウゼンを選んだ理由は、ライン川の水力にあったと伝わる。地元工場主ヨハン・ハインリヒ・モーザー(Johann Heinrich Moser)が築いた水力発電設備の存在が、ジョーンズの判断を後押ししたのである。1888年にはIWCの工場が早期に電化されたことも、この立地の延長線上にある。
しかし、ジョーンズの事業は順調には進まなかった。普仏戦争(1870-1871)後の不況、米国市場の低迷、為替の変動が重なり、1875年に経営は破綻に至る。1876年にジョーンズは帰国し、1880年、地元実業家のヨハネス・ラウシェンバッハ=フォーゲル(Johannes Rauschenbach-Vogel)が会社を引き継ぐ。以後IWCは、ラウシェンバッハ家、続いてホンベルガー(Homberger)家の所有のもとで、20世紀半ばまで歩むことになる。
02懐中時計から空のための時計へ
ラウシェンバッハ家とその後継者たちのもとで、IWCは堅実な歩みを続ける。1885年にはヨゼフ・パルウェーバー(Josef Pallweber)の特許に基づき、ジャンピング・ナンバーで時分を表示する懐中時計を製造した。1936年、当時のオーナーであるエルンスト・ヤコブ・ホンベルガー(Ernst Jakob Homberger)の二人の息子(ハンス・エルンストとルドルフ)が、いずれも操縦士の資格を持つことから企画を発案し、初のパイロットウォッチ「Special Pilot's Watch」(Ref. 436、通称Mark IX)が誕生する。
1940年には、ドイツ空軍向けの観測時計(Beobachtungsuhr、B-Uhr)仕様に応じて「Big Pilot's Watch 52 T.S.C.」(Ref. 431)が約1,000本製造された。直径55ミリ、革手袋を着けたまま操作できる巨大な円錐型リューズ、剣型針、視認性に特化したダイヤル ── これらは現代の Big Pilot に至る設計言語の原型となっている。第二次大戦末期の1944年4月、米軍機の誤爆で工場が一部損壊したが、戦後すみやかに復旧した。1948年には英国空軍の仕様6B/346に基づく「Mark XI」を納入、Cal. 89の高精度と軟鉄インナーケースによる耐磁性で、英国軍では1981年まで現役で用いられたと記録される。
03クォーツ危機とブリュムラインの再建
1955年、新オーナーのハンス・エルンスト・ホンベルガーがIWCを引き継いだ年に、技術部長アルベール・ペラトン(Albert Pellaton)が手掛けた初代インヂュニアが登場する。1950年に特許化された両方向自動巻機構「ペラトン巻き上げ」を備え、軟鉄インナーケースで強磁界環境下での精度を担保した。1967年には水中の安全を期した内部回転ベゼル付きの初代アクアタイマー、1969年にはベータ22ムーブメントを採用したクォーツ式のダ・ヴィンチを発表 ── 機械式の伝統に固執せず、新技術を取り入れる姿勢を見せた。
1970年代後半、クォーツショックがスイス時計産業を直撃する。1978年、ドイツのVDOシンドリング(VDO Schindling)がIWCとジャガー・ルクルトを傘下に収め、1981年前後にギュンター・ブリュムライン(Günter Blümlein)がIWC経営の中核に入る。彼が主導したのは、機械式時計を「実用品」ではなく「文化的な工芸」として再定義することであった。1985年に発表されたダ・ヴィンチ・パーペチュアル・カレンダー(Ref. 3750)は、技師長クルト・クラウスが81個の部品で2499年まで補正不要のカレンダー機構を実現したもので、リューズひとつで全表示を同期する革新性により、IWCを高級複雑時計の名門に押し上げた。1993年の創業125周年には、1930年代のRef. 325を蘇らせた「ポルトギーゼ・ジュビリー」(Ref. 5441)が現行ポルトギーゼの起点となった。
04リシュモン時代と素材の探求
1991年、ブリュムラインはIWC、ジャガー・ルクルト、A. ランゲ&ゾーネを束ねる持株会社レ・マニュファクチュール・オルロジェール(LMH)を設立。2000年7月、リシュモン・グループがLMHをCHF約28億で買収し、IWCはリシュモン傘下入りした。2002年にBig Pilotが再生産され、2003年にスピットファイア、2006年にサン=テグジュペリ財団との協業、2007年にTop Gunシリーズが立ち上がる。並行して素材面では、1980年に時計業界で先駆けてチタンを採用、近年ではチタン合金を焼成して得る独自素材セラタニウムなどへと展開している。
2017年4月にクリストフ・グレンガー=ハー(Christoph Grainger-Herr)がCEOに就任。2026年のWatches and Wondersでは、民間宇宙ステーションHaven-1向けに開発されたパイロット・ヴェンチュラー・ヴァーティカル・ドライブ、5特許に守られた前後双方向調整可能な新パーペチュアル・カレンダー「IWC-ProSet」、ル・プティ・プランス20周年新コレクションを発表 ── 創業以来の「技術系時計の系譜」を、宇宙という新たな現場に拡張しつつある。