1963年、ジャック・ホイヤーが描いた「読みやすさ」
1962年のセブリング12時間レースで、ジャック・ホイヤーはメキシコ人レーシングドライバーのロドリゲス兄弟からカレラ・パナメリカーナの伝説を聞いた。1950年から1954年までメキシコで開催され、死亡事故の多発により五回で廃止された国境横断ロードレースである。ジャックはスイスへ帰国後、ただちにこの名を商標登録した。
翌1963年4月のバーゼル時計見本市で、Ref. 2447が発表された。直径36mm、ステンレススチール製ケースに鋭く面取りされたラグ、ヴァルジュー72手巻きクロノグラフ。最大の発明は文字盤の設計にあった。タキメーターや脈拍計の目盛りを文字盤外周ではなく、風防直下のテンションリングに移したのである。これにより文字盤本体は時分インデックスと三つのサブダイヤルだけとなり、レーシンググローブ越しでも瞬時に経過時間を読み取れる視認性が確保された。ジャックがチューリッヒ連邦工科大学で受けた視認性の講義が、この決定の背景にあったとされる。