1987年以来の新シリーズ
2007年、TAG Heuerはカレラの最上位ラインとしてグランドカレラを発表した。1987年のS/el以来の本格的な新シリーズと評され、より高価格帯の、これまで同社の時計を持たなかった層へ向けた野心的な企てであった。デザインを主導したのはクリストフ・ベーリングとされ、開発には数年を要したと伝わる。発表前には「ヴァンキッシュ」という呼称が候補に挙がったとも言われる。着想源はGTクーペである。スポーツカーの計器盤を腕の上に再現する、という発想がシリーズ全体を貫いた。
自動車の計器盤に着想した回転ディスク表示を核に、カレラを高級域へと押し上げた技術志向のシリーズ
TAG Heuerが2007年に発表した、カレラの最上位ライン。GTクーペの計器盤に着想を得た回転ディスク式の表示機構「回転システム(Rotating System、RS)」を核に、針に頼らない小秒針・GMT・クロノグラフ表示を提案した。全機がCOSC認定の機械式で、小秒針のCalibre 6 RS、ビッグデイトGMTのCalibre 8 RS、クロノグラフのCalibre 17 RS、そしてEl Primero系で1/10秒を計るCalibre 36 RSが並ぶ。ブランドの前衛的な技術を世に問う器でもあった。
2007年、TAG Heuerはカレラの最上位ラインとしてグランドカレラを発表した。1987年のS/el以来の本格的な新シリーズと評され、より高価格帯の、これまで同社の時計を持たなかった層へ向けた野心的な企てであった。デザインを主導したのはクリストフ・ベーリングとされ、開発には数年を要したと伝わる。発表前には「ヴァンキッシュ」という呼称が候補に挙がったとも言われる。着想源はGTクーペである。スポーツカーの計器盤を腕の上に再現する、という発想がシリーズ全体を貫いた。
グランドカレラを特徴づけたのは、針や通常の小針盤に代えて回転ディスクで情報を示す「回転システム(Rotating System、RS)」である。小秒針、第二時間帯(GMT)、クロノグラフの計測値を、ダッシュボードの計器のように一瞥で読ませる狙いがあった。発表時のラインナップは三つ。6時位置に回転式の小秒針を備えるCalibre 6 RS、12時のビッグデイトと回転式GMTを持つCalibre 8 RS、そして二つの回転システムを文字盤に収めたクロノグラフCalibre 17 RSである。Calibre 6・8・17はいずれもETA 2892系を基礎とし、毎時28,800振動 (4Hz)で時を刻み、全数がCOSCの認定を受けた。ケース径は約40mmから43mmと、当時のカレラより一回り大きい。
シリーズの技術的な頂点は、2008年のバーゼルワールドで公開されたCalibre 36 RS キャリパー・コンセプトに置かれた。心臓部のCalibre 36は、Zenithの名機El Primeroを基礎とする自動巻クロノグラフで、毎時36,000振動 (5Hz)の高振動により1/10秒の計測を可能にした。文字盤外周には「キャリパー」と呼ぶ回転目盛を備え、10時のリューズで操作して1/10秒を拡大読み取りする。デザインにはフェラーリ・エンツォなどを手がけたケン・奥山が関わり、その試作車K.O.7の計器盤にもこの時計が据えられた。TAG Heuerはこれを「キャリパー式回転システムを備えた世界初の自動巻クロノグラフ」と称した。同年のジュネーブ時計グランプリでスポーツウォッチ部門の年間最優秀に選ばれたと伝わる。
2010年、創業150周年を迎えたTAG Heuerは、グランドカレラの名のもとにさらに踏み込んだ試作を示した。ペンデュラム・コンセプトである。これは伝統的なひげぜんまいを複数の磁石による磁場で置き換え、調速機構そのものを再構築しようとした実験であった。同社はこれを「ひげぜんまいを持たない世界初の磁気式調速機」と説明している。ローザンヌ連邦工科大学(EPFL)の研究室と、ギ・スモン率いる社内チームの協働から生まれたもので、量産には至っていない。グランドカレラは、こうした前衛的な技術を世に問う器としての性格を強めていった。
グランドカレラに、世代交代は訪れなかった。計画されていたCalibre 360搭載の上位機は、より野心的なMikrographの開発を理由に見送られたと伝わる。シリーズは大きな刷新を経ないまま2010年代前半まで併売され、2015年前後のカタログを最後に姿を消した。2014年に経営の指揮を執ったジャン=クロード・ビバーのもと、TAG HeuerはHeuer 01に代表される自社開発ムーブメントと、より手の届く価格帯へ軸足を移す。ETAやEl Primeroを基礎とし、高価格を前提としたグランドカレラは、その新しい方向性とは交わらなかった。一代で完結したシリーズだが、回転ディスク表示と一連のコンセプトは、2000年代後半のTAG Heuerが何を試みたかを今に伝えている。
グランドカレラの設計言語は、ただ一点に集約される。針を回転ディスクに置き換えるという選択である。小秒針、GMT、クロノグラフの計測値を、文字盤上を回る円盤と固定の指標で読ませる。発想の源はGTカーの計器盤であり、走行中でも一瞥で数値を把握させる、計器としての可読性が、装飾や伝統的な作法よりも優先された。
この思想が、シリーズ全体の意匠を規定した。Calibre 6 RSは6時の小秒針ディスク、Calibre 8 RSは5〜7時にかかる半円のGMT窓と12時のビッグデイト、Calibre 17 RSは3時と9時に二つの回転システムを配する。Calibre 36 RS キャリパーに至っては、9時の秒表示を縦長のスリットを上下する「リニア・システム」とし、針という概念をさらに後退させた。
ケースは約40mmから43mmと大ぶりで、面取りされたラグ、ジュネーブ縞を施した回転ディスク、サブダイヤルと同じ形に抜いた二重のサファイア裏蓋が共通の語彙となる。タキメーターを刻む幅広のベゼルも、自動車計器を思わせる要素である。装飾は表示機構の演出に向けられ、回転ディスクそのものを主役に据える構成が貫かれた。
変わらなかったのは、この回転ディスクという表示言語である。一方で機械の野心は、ETA系から始まり、El Primero系の高振動、そして磁気式調速機の試作へと段階を上げていった。同時代のカレラが伝統的な三針・三つ目の構成を保ったのに対し、グランドカレラは表示そのものを再設計した。ディスク表示は可読性をめぐって評価が分かれもしたが、ダッシュボードという一貫した比喩のもとで、シリーズは最後まで認識可能な独自の輪郭を保ち続けた。