03 — EDITORIAL
系譜と歴史
Genealogy & history
1. 量産を見据えた設計
1970年代初頭、ヴァルジューはエドモン・カプトに新型自動巻クロノグラフの開発を委ねた。基礎となったのは手巻のヴァルジュー7733であり、その系譜はヴィーナス188にさかのぼる。7750はコンピューターで動作をシミュレーションして設計された初期の例のひとつとされ、1973〜1974年に世に出た(1974年4月には米国で特許が出願されている)。設計の核は、コラムホイールではなくカムとレバーで操作を制御する方式にある。打ち抜き加工で量産できるカムは、堅牢さと製造性を両立させる選択であった。クロノグラフの伝達には、調速側と計時側をつなぐオシレーティングピニオン(振動ピニオン)が採られた。
2. クォーツ危機を越えて
登場からわずか2年後、業界はクォーツの波に呑まれた。1975年、7750は生産中止が決まり、機械・図面・治具の廃棄が指示される。だがカプトらはこれに従わず、工具や図面を保管したと伝わる。ゼニスのエル・プリメロと同じく、廃棄命令への不服従が後の復活を支えた。需要が戻り始めた1980年代(1985年とする資料が多い)、生産は再開される。以後、7750は多くのブランドが選ぶ標準的なクロノグラフ機構となった。
3. ホイヤーと「キャリバー16」
ホイヤーは1970年代後半から7750を採用したとされ、のちにタグ・ホイヤーは7750系に「キャリバー16」という自社呼称を与えた。オシレーティングピニオンは、創業者エドゥアール・ホイヤーが1887年に特許を得た機構である。同社がのちの自社製ムーブメントを「キャリバー1887」と名づけた背景にも、この史実がある。汎用の7750と自社製1887が、同じ機構の系譜で結ばれている点は興味深い。
4. グレードとゼリッタへの展開
ETA時代の7750には、Standard・Élaboré・Top・Chronometreという仕上げ等級が存在する。等級により、調整精度や部品の質に差が設けられた。最上位はCOSCクロノメーター認定に対応する。特許の失効と、スウォッチグループ外への供給縮小の動きのなかで、7750 の互換機が他社でも作られるようになった。タグ・ホイヤーもセリタSW500へと基盤を広げ、キャリバー16は世代や個体によってバルジュー7750系・セリタSW500系のいずれかを基盤とする。
05 — MECHANISM
技術解説
Technical breakdown
キャリバー16の機構を理解する鍵は、クロノグラフの制御と伝達にある。多くの高級クロノグラフがコラムホイールで操作を切り替えるのに対し、7750系はカムとレバーを用いる。打ち抜きで成形される異形のカムが回転し、レバー群を押し引きして始動・停止・復針を司る。復針では、ハート形カムをハンマーが叩き、各針を瞬時に零へ戻す。コラムホイールに比べ部品点数を抑えやすく、量産と保守に適した構成である。操作の感触よりも、堅牢さと整備性に軸足を置いた設計といえる。正確には、細長いカムを一連のレバーが押して始動・停止・リセットを行う「クーリス・レバー」式であり、打ち抜き加工で作れる部品によって生産を速く安価にした。クロノグラフ始動時に秒針がわずかに揺れることがあるのも、この方式の特徴として知られる。
計時の伝達にはオシレーティングピニオンが用いられる。両端に歯車を持つ軸が傾くことで、4番車側とクロノグラフ秒側が噛み合う。この方式は咬合の応答が速く、秒針の飛びや振り角の低下を抑えやすい。垂直クラッチや水平クラッチとは異なる、簡潔で経済的な解法である。
表示面では、12時位置に30分積算計、6時位置に12時間積算計、9時位置にスモールセコンドを配する。3時位置には日付(仕様により曜日も)の窓を備え、いわゆる12-6-9のトリコンパックス配置をなす。中央のクロノグラフ秒針と合わせ、視認性の高い構成である。
調速はテンプ(振り子に相当する往復体)と脱進機が担い、振動数は28,800vph(4Hz)。1時間あたり28,800回の振動は運針を滑らかにし、外乱への復元力を高める。耐衝撃にはインカブロックが組み込まれる。動力源の香箱はひとつで、ぜんまいの巻き量がパワーリザーブを規定する。自動巻には片方向巻き上げのローターが用いられ、巻き上げ方向以外では自由に回る。装着時にもその回転を感じ取れることが、7750系の特徴として知られる。
石数は25石、パワーリザーブはおおむね42〜48時間である。仕上げ等級によりヒゲゼンマイや受石の質、注油と緩急の追い込みが変わり、日差の許容も異なる。最上位はCOSCクロノメーター認定に適合する。タグ・ホイヤーは基盤となるムーブメントに独自のローターや装飾を施し、自社の製品として仕立てる。クロノグラフ機構は一体で組まれ、計時部の調整には相応の熟練を要するとされる。部品供給と整備の体制に優れる点は、半世紀にわたり多くのブランドが採用してきた理由のひとつとされる。