80111
2007年登場、IWC自社製キャリバー80110の薄型派生。ペラトン自動巻機構を継承するヴィンテージ・コレクション搭載機
Cal. 80111は、IWCシャフハウゼンが2007年に発表した自社製自動巻きキャリバーである。2005年に登場した基幹機Cal. 80110を基礎とし、ムーブメント厚を抑えた派生として設計された。直径30.0mm、振動数28,800vph (4Hz)、石数28石、パワーリザーブ約44時間。両方向巻上げを実現するペラトン自動巻機構、グリュシデュール製テンプ、Nivaroxヒゲゼンマイ、スイス・レバー脱進機を備える。2008年のヴィンテージ・コレクション(IWC創業140周年記念)で本格展開され、Aquatimer 1967、Ingenieur 1955、Da Vinci 1969などに搭載された。
| Maker | IWC |
|---|---|
| Reference | 80111 |
| Type | Automatic |
| Display | Analog |
| Frequency | 28,800 bph (4 Hz) |
| Jewels | 28 石 |
| Power reserve | 44 h |
| Movement ⌀ | 30 mm |
| Hands | Hours, Minutes, Seconds |
| Date | Date |
系譜と歴史
1. 自社製基幹ムーブメントへの回帰
IWCシャフハウゼンは1980年代以降、Valjoux 7750を改修したCal. 7900系、ETA 2892-2を基にしたCal. 30000系などを主力に据えつつ、複雑機構や上位機種では自社製キャリバーを並行展開してきた。2000年に投入されたCal. 5000系は7日間パワーリザーブを備える大型・高仕様機であり、汎用的な日付付き自動巻きの位置を占めるものではなかった。
自社製化を進める過程で、IWCは日付付き三針機の基幹ムーブメントを構想する。その答えが2005年発表のCal. 80000系であり、本記事で扱うCal. 80111はその直接の派生に位置する。
2. Cal. 80110からの薄型化派生
Cal. 80111は、2005年に登場した基幹機Cal. 80110のムーブメント厚を抑えた派生機として、2007年に発表された。直径30.0mm、振動数28,800vph (4Hz)、石数28石、パワーリザーブ44時間といった主要諸元は基本機と同等で、構造設計を維持したまま薄型ケースへの収まりを改善している。
設計の出自として、ホイールトレイン(輪列)とテンプ位置の配置はValjoux 7750の手巻き派生であるValjoux 7765の流儀に近いと指摘されている。ただし、ペラトン自動巻機構をはじめ、輪列・脱進機・受け板に至るまでIWCが独自設計した固有部品で構成され、汎用キャリバーの単純な改修ではないと評価される。
3. ヴィンテージ・コレクションでの展開
Cal. 80111が本格的に表舞台へ登場したのは、2008年のヴィンテージ・コレクションである。これはIWC創業140周年を記念し、過去の代表作6機種を現代の自社製ムーブメントで再構築した特別シリーズで、Cal. 80111は時計三針タイプの基幹機として採用された。
具体的には、Vintage Aquatimer 1967 (Ref. IW3231)、Vintage Ingenieur 1955 (Ref. IW3233)、Vintage Da Vinci 1969 (Ref. IW5461) の3モデルに搭載された。いずれもサファイアバックを通じてCal. 80111の仕上げを観察できる構成である。
4. 後継系への移行
Cal. 80000系の基幹機としての使命は、2017年のCal. 82000系、2019年のCal. 32000系の登場により段階的に引き継がれた。後継系は依然としてペラトン式の双方向巻上げ機構を継承するが、設計基盤がValjoux 7750系からETA 2892系のアーキテクチャへ移行し、シリコン製脱進機部品の採用、72時間以上のパワーリザーブなど、現代的な仕様へと刷新されている。
Cal. 80111自体の生産は2010年代前半に終息したと伝わるが、IWCのペラトン式自動巻機構を堅実な設計で体現したキャリバーとして、ヴィンテージ・コレクション期のIWCを語る上で外せない一機である。
技術解説
1. 基本構造と諸元
Cal. 80111は、直径30.0mm、振動数28,800vph (4Hz)、石数28石、パワーリザーブ約44時間の自動巻きキャリバーである。表示機能は時・分・センターセコンドと日付で、ストップセコンド機構と日付の早送り機構を備える。手巻きにも対応し、リューズによる巻上げが可能である。
ベースとなったCal. 80110の厚みは7.3mmとされ、Cal. 80111はこの基本構造を維持しつつ厚みを抑える設計が施されている。主板を貫く輪列の位置取りはValjoux 7750ファミリー、特に手巻き派生のValjoux 7765に通じる配置と分析されるが、香箱・脱進機・自動巻ユニットを含め、主要部品はすべてIWCの独自仕様で構成される。
2. ペラトン自動巻機構
本キャリバー最大の特徴は、両方向巻上げを実現するペラトン自動巻機構の搭載である。1944年に技術部長としてIWCへ加わったアルベール・ペラトン(1898〜1976)が考案し、1950年のCal. 81/85系で初採用された自動巻機構の系譜上に位置する。
機構の要は、ローター直下に配置されたハート形の偏心カムと、これに当たる2本の爪(ポール)である。ローターが左右どちらに回転しても、カムが爪を交互に押し下げ、ラチェット車を一方向へ駆動して巻上げを行う。スイスでは1946年に基礎特許(CH254578)が、1951年には独国においてDE882227が出願され、以後の改良を経て現代まで継承されている。
Cal. 80000系のペラトン機構は、コンピュータ解析に基づく形状最適化を経て、衝撃耐性と巻上げ効率を高めたバージョンと伝えられる。爪が往復運動するため摩耗が宿命とされてきた機構だが、適切な熱処理と素材選定により実用上の信頼性を確保している。
3. テンプ・ヒゲゼンマイ・脱進機
調速機構はグリュシデュール製の慣性可変テンプ輪を採用し、Nivarox製の平ヒゲゼンマイを組み合わせる。脱進機は伝統的なスイス・レバー式で、コーアクシャル等の特殊脱進機は採用していない。微調整は受け板側のTriovis(トリオビス)式が用いられ、緩急針による日差調整が可能である。
ショック・プロテクター(耐震装置)を備え、外装側の軟鉄インナーケースと組み合わさることで、Ingenieur系をはじめとするIWCのスポーツモデルが求める耐磁性・耐衝撃性能を担保する設計となっている。
4. 仕上げと装飾
ムーブメント表面はロジウム鍍金が施され、各受け板にはコート・ド・ジュネーブ(サークラー・ストライプ)、主板にはペルラージュが施されている。受け板および主板の縁は面取り(ベベリング)処理が入り、ビス頭は鏡面仕上げで整えられる。
ローターは部分的にスケルトン化された設計で、サファイアバックを通じて自動巻機構の動きが視認できるよう意図されている。ヴィンテージ・コレクションのプラチナやホワイトゴールドケースに搭載される個体では、ローターに記念刻印が施されるなど、装飾性をさらに高めた仕様も存在する。