ムーンフェイズ
月齢を盤面に映し出す古典的な複雑機構。約29.53日の太陰月の周期を、歯車比で近似して表示する
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- カレンダー · 暦機構
- 搭載モデル
- 20 本
概要
ムーンフェイズ(moon phase、和:月相表示)は、月の満ち欠けを盤面の小窓に映し出す暦機構である。古代の天文時計に起源を持ち、のちに懐中時計へ広がり、1925年には月相を備えたパテック フィリップの永久カレンダー腕時計(ムーブメント番号97975)が完成している。月の朔望周期(平均29日12時間44分2.8秒、約29.53日)を歯車比で近似する。普及実装は約2年7か月で1日のずれが生じるが、2024年にはIWCが約4,500万年に1日とする実装を発表している。
仕組み・原理
01朔望月と機械的近似
ムーンフェイズが表示するのは、月の満ち欠けの周期、すなわち朔望月(さくぼうげつ)である。新月から次の新月までの平均周期は29日12時間44分2.8秒、約29.530588日であり、この値は天文学的に確定している。歯車比でこの非整数値を厳密に表現することは不可能であるため、機構は必ず近似を含む。
腕時計でもっとも普及している方式は、59歯の星車を用いる実装である。日車から1日に1ノッチずつ星車を送ると、59日で1回転する間に2回の朔望が表現される。すなわち1サイクルを29.5日として近似する設計である。
文字盤側には、月ディスクと半円の小窓が組み合わされる。ディスクには180度ずれた位置に月の絵が二つ描かれており、星車に連動して回転する間に、両方の月が順に窓を横断していく。
02古典機構の精度限界
29.5日の近似値と実際の朔望月との差は、1周期あたり約0.0306日、時間に換算しておよそ44分である。この誤差は朔望月ごとに累積し、約32.7周期、すなわち約2年7ヶ月20日で1日分のずれに達する。月に1度の頻度で龍頭またはケース側のコレクターから手動補正することが、古典的なムーンフェイズの前提となる。
03高精度実装と歯車比の数学
精度を高めるには、より複雑な減速歯車列で29.530588日により近い比を構築する必要がある。135歯の歯車を用いる方式では、約122年に1日のずれまで誤差が縮小するとされ、この精度は現在も多くの高級機で採られている。IWCが1985年のダ・ヴィンチ Ref.IW3750で採用したのもこの水準とされる(577.5年とする資料もある)。
以降、577.5年級、1,000年級、1万年級、200万年級と段階的に精度競争が進んだ。2024年、IWCはポルトギーゼ・エターナル・カレンダーで、約4,500万年に1日しかずれない月相を発表した。ムーブメントと月の円盤の間に3枚の中間車を置く新しい減速輪列による。歯車比を高めるほど機構は大型化・複雑化するため、限られたケース寸法のなかで他の複雑機構と両立させる設計が、現代の高精度実装における主な課題となる。
歴史
01天文時計に始まる起源
月相表示の歴史は、機械式時計そのものより古い。紀元前150年ごろに作られたとされるアンティキティラの機械は、手回しの歯車の組み合わせで太陽・月と五つの惑星の位置を追った。中世以降、ヨーロッパ各地で建造された大型天文時計の多くにも月の表示が組み込まれた。1410年に作られたプラハの天文時計は、いまも動く天文時計として最古とされ、太陽や月の位置を示す。
時計の小型化に伴い、月相表示は17世紀から18世紀にかけて携帯時計にも取り入れられる。59歯の車による古典的な方式は、約2年7か月20日で1日ずれるが、当時はそれで十分とされた。航海、農作業、宗教暦などの参照に有用な情報として、複雑時計の標準的要素となっていった。
02腕時計への移行
腕時計への搭載は20世紀前半に始まる。パテック フィリップの番号97975の時計は、19世紀末(1898年とされる)に婦人用のペンダントウォッチとして作られた永久カレンダー付きのムーブメントを、1925年に腕時計のケースへ収め直したもので、最初の永久カレンダー腕時計として知られる。のちに米国の収集家トーマス・エメリーの手に渡り、現在はパテック フィリップ・ミュージアムが所蔵する。文字盤には日・月・小秒針とともに月相が配置されており、これが腕時計におけるムーンフェイズの一つの起点となった。
1940年代以降、Ref.1518 をはじめとするパテック フィリップの一連の永久カレンダー腕時計が、月相を標準的な要素として継承していく。
03復権と精度競争
クォーツ危機を経た1980年代、IWCのクルト・クラウスが設計したダ・ヴィンチ・パーペチュアル・カレンダー Ref.IW3750(1985年)は、約122年に1日のずれとされる当時としては高い精度の月相を搭載し(577.5年とする資料もある)、機構の再評価を促した。
以降、各社は高精度実装と表現形式の双方で展開を進める。北半球と南半球を同時に示す双月表示(IWCの「Double Moon」など)、立体的な球体で月を再現する天文表示(クリスティアン・ヴァン・デア・クラウなど)、そして独立時計師アンドレアス・ストレーラーによる Sauterelle à Lune Perpétuelle 2M(2015年、約200万年に1日)などが代表例である。2024年、IWCのポルトギーゼ・エターナル・カレンダーは約4,500万年に1日とし、ストレーラーの記録を上回るとしてギネス世界記録への認定を申請した。
代表的な実装
古典様式の現代的継承
パテック フィリップのRef.5327やRef.5320Gは、6時位置に月相窓を配置する伝統的な永久カレンダーの設計を、現行ラインで継承している。文字盤レイアウトの規範として参照されることが多い。
A. ランゲ&ゾーネのザクソニア・ムーンフェイズやグランド・ランゲ1・ムーンフェイズは、ドイツ時計の文脈で月相を扱う代表例である。盤面の幾何学と非対称配置に特徴がある。ジャガー・ルクルトのマスター・ウルトラスリン・ムーンは、薄型ドレス系における月相の標準的な実装として広く参照される。
双月・球体・大型表現
IWCのポルトギーゼ・パーペチュアル・カレンダー Ref.IW5021(2003年)は、北半球と南半球の月相を同時に示す「Double Moon」を導入し、約577.5年の精度を実現した。クリスティアン・ヴァン・デア・クラウのリアル・ムーンは、球体で月を立体的に再現する実装であり、約11,000年に1日の精度を備える。A. ランゲ&ゾーネのリヒャルト・ランゲ・テラルナは、地球を中心とした軌道表示で月相を描き出す独自設計で、約1,058年の精度を持つとされる。
精度の極限
独立時計師アンドレアス・ストレーラーのSauterelle à Lune Perpétuelle 2M(2015年)は、ロベルト・バッゲンストス教授の計算にもとづく新しい輪列で、約200万年に1日のずれという精度を実現した。2024年、IWCのポルトギーゼ・エターナル・カレンダーは、3枚の中間車を含む減速輪列で約4,500万年に1日とし、これを上回った。これら極限精度の実装は、月相表示を「定期的に補正する装飾」から「事実上補正不要の暦」へ位置づけ直す試みとして理解できる。
この機構を搭載する 20 本のモデル
出典
本文の執筆にあたって参照した資料。閲覧日は内容を確認した日を示す。
- 01 専門メディア All You Need to Know about Moon Phase Watches - Monochrome Watches
- 02 専門メディア Breguet 2516 Possibly First Purpose-Built Perpetual Calendar Wristwatch
- 03 専門メディア First Look: The New IWC Ingenieur Perpetual Calendar 41 (Incl. Video)
- 04 専門メディア First look: The Ultra-Complex IWC Portugieser Eternal Calendar (incl. Video)
- 05 専門メディア The ABCs of Time: Watches That Track Celestial Events