系譜と歴史
1. 1185という源流
69F8の系譜は、1980年代後半のフレデリック・ピゲにさかのぼる。同社は1987年に手巻のキャリバー1180を発表した。これは当時、最も薄いコラムホイール式のクロノグラフ・ムーブメントであった。コラムホイールとは、クロノグラフの始動・停止・復帰を司る歯車状の制御部品である。翌1988年には、自動巻機構を加えたキャリバー1185が登場する。厚さはわずか5.5mmにとどまり、薄型自動巻クロノグラフの先駆となった。
1185の開発期、フレデリック・ピゲの技術責任者を務めていたのがエドモン・カプトである。カプトは、汎用クロノとして広く普及したバルジュー7750の生みの親として広く知られる。1180系の開発は、当時ブランパンを率いたジャン=クロード・ビバーとフレデリック・ピゲの経営者ジャック・ピゲが後押ししたとされる。
2. 高級クロノの共通基盤
1185の意義は、単独のキャリバーにとどまらない。薄型で仕上げの自由度が高いこの設計は、複数の高級ブランドへ供給される共通基盤となった。オーデマ・ピゲはこれをCal.2385としてロイヤルオーク・クロノグラフに採用した。ヴァシュロン・コンスタンタンはCal.1137としてオーヴァーシーズ・クロノグラフに用いた。ブレゲやカルティエも同系を採用した。
同じ土台が、異なる意匠と仕上げで各社の個性を表現した。オメガのCal.3301系は、1185に近い構造を持ちながら厚く、振動数を28,800vphに高めたフレデリック・ピゲのエボーシュ(Cal.1285)を基にしているとされる。各社の差は優劣ではなく、設計思想と仕上げ思想の違いとして理解されるべきものである。
3. フライバックとグランドデイトへの展開
ブランパンは1185を自社向けに改良し、フライバック機構を備えたCal.F185を生んだ。フライバックとは、作動中のクロノグラフを一押しで即座にゼロ復帰・再始動させる機能である。F185は1996年に登場したとされ、日付窓を6時位置のスモールセコンド内に移した。レマン・コレクションは、このフライバック・クロノを主力の一つとした。
のちに、F185系に大型日付表示を加えた69F8が現れる。6時位置に2枚の日板を用いたグランドデイトを配し、視認性を高めた。この大型日付を備えたフライバック・クロノは、レマンの40mmケースに収められた。42石、382点という構成は、薄型クロノにモジュールを重ねた結果である。
4. 自社製化とその後
フレデリック・ピゲは、ブランパンとともに1992年にスウォッチ・グループ傘下へ入った。そして2010年頃、フレデリック・ピゲはブランパンへ統合され、その製造部門となったとされる。これにより1185系は、供給品から実質的な自社製ムーブメントへと位置づけを変えた。
レマン・コレクションの整理後、ブランパンのクロノグラフは新世代の自社製キャリバーへ移行していく。現行のF385は、1185が築いた薄型コラムホイール・クロノの思想を引き継ぐ存在とされる。69F8は、その長い系譜の中で、フライバックとグランドデイトを一つにまとめた到達点の一つである。