ジャン=ジャック・フィヒター
自ら潜水を楽しんだブランパンの経営者。1953年のフィフティ ファゾムスで、近代ダイバーズの要件をまとめた(1927-2022)
- BORN
- 1927年
- DIED
- 2022年
- BRAND
- ブランパン — 1735年創業
- MODELS
- 9 本
概要
ジャン=ジャック・フィヒター(Jean-Jacques Fiechter、1927-2022)は、ブランパンの経営者として1953年のダイバーズウォッチ、フィフティ ファゾムスを生んだ人物である。アマチュアのダイバーでもあり、時計を着けずに潜って空気を使い果たしかけた経験から、潜水に使える時計を構想したとされる。フランス海軍の戦闘潜水部隊のロベール・マルビエとクロード・リフォーの意見も取り入れ、軍の要求にも応える時計に仕上げた。1954年までに、押し下げてから回すロック付きの回転ベゼルなどの特許を出願している。フィフティ ファゾムスが示した一連の特徴は、近代のダイバーズウォッチの手本となった。
生涯
01ブランパンの経営者
Monochromeによれば、フィヒターはアマチュアのダイバーで、1950年にブランパンの最高経営責任者となった。SJXは、フィヒター(1927-2022)を、1953年のフィフティ ファゾムスを考案した当時のブランパンの最高経営責任者と紹介している。
02死に直面した潜水
SJXによれば、ブランパンの言い伝えでは、フィヒターは南フランスでのアマチュアの潜水の際、水中で腕に時計を着けていなかったために酸素を使い果たしかけ、死に直面したことをきっかけにこの時計を考案した。Monochromeも、フィヒターがクラブ・アルパン・スー=マランの一員だったと書き、フィフティ ファゾムスが多くの発明と同じく必要から生まれたとしている。
業績・代表作
01フィフティ ファゾムス
SJXによれば、フィヒターはその後、フランス海軍の戦闘潜水部隊のロベール・「ボブ」・マルビエとクロード・リフォーの意見を取り入れ、軍の要求にも応える時計を設計した。Monochromeは2021年の記事で、フィヒターとマルビエ大尉、リフォー中尉が、潜水する人々が身に着けられる頑丈な時計を作ったと書いている。同誌は、フィフティ ファゾムスが1953年のバーゼル・フェアで、同じ様式と機能を持つゾディアックのシーウルフと同時に発表されたことにも触れている。
02特許と要件
Monochromeによれば、フィフティ ファゾムスは、確実に密閉されたリューズ、リューズの摩耗を抑える自動巻のムーブメント、夜光の表示を持つ暗い色の対比の強い文字盤、確実に固定される一方向の回転ベゼル、そして耐磁の保護を備えていた。1954年までにフィヒターは、回す前に押し下げる必要のあるロック付きの回転ベゼル、二重の裏蓋、二重のOリングなどの特許を出願した。
03ダイバーズウォッチの手本
Monochromeは、フィフティ ファゾムス以前にも1936年のパネライのラジオミールや1948年のオメガのシーマスターが道を開いていたとしつつ、フィフティ ファゾムスが近代のダイバーズウォッチの手本となる一連の特徴を定めたと書いている。
評価・後世への影響
フィヒターが1953年に送り出したフィフティ ファゾムスは、SJXによれば2003年に復活し、2023年には70周年を記念するモデルが続いた。Monochromeは、この時計を近代のダイバーズウォッチの手本と呼び、世界の精鋭の潜水部隊に選ばれた時計として紹介している。
1953年前後には同種の時計がいくつも現れており、どれが最初かをめぐる議論は残る。そのなかでフィヒターの仕事は、自ら潜る当事者が必要から要件をまとめ、軍の潜水部隊の意見を取り入れ、それを特許として残した点に特徴がある。
この人物が関わったモデル
出典
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