フライバック
動作中のクロノグラフを停止せずに帰零させ、間髪入れず再計時へ移行する、航空計時由来の拡張機構
- INVENTOR
- ロンジン
- YEAR
- 1936
- CLASS
- 計時 · クロノグラフ
- 搭載モデル
- 11 本
概要
仕組み・原理
01通常クロノグラフとの差異
通常のクロノグラフは、ひとつの計測を区切るために「停止」「リセット」「再起動」の3動作を順番に行う必要がある。多くの設計では、走行中にリセットプッシャーを押下してもリセットが作動しない構造的拘束が組み込まれている。これは、リセットハンマーが荷重のかかった動作中のハートカム(心臓形カム)に衝突すれば、歯先やレバー類に過大な力が及ぶためだ。フライバックは、この拘束を解除しつつ衝突を回避する経路を内部に組み込んだ拡張仕様といえる。
02一押しに含まれる動作シーケンス
フライバック対応モデルでは、走行中にリセットプッシャーを押すと、以下の動作が連続して発生する。まずクラッチ(水平式または垂直式)が一瞬切り離され、クロノグラフ輪列への動力伝達が遮断される。続いてリセットハンマーがハート形状のカム面を叩き、針が瞬時にゼロ位置へ戻る。プッシャーが解放されると同時にクラッチが再び噛み合い、計測が再開される。一連の動きは1秒未満で完結し、操作者には一押しで帰零と再計時が同時に起こる体験として知覚される。
03追加される機構部品
通常のクロノグラフに対して、フライバックには専用の「フライバックレバー」が追加される。このレバーはリセットプッシャーの動きをクラッチ制御へ伝える役割を持つ。限られた地板上に新たな経路を確保するため、既存のレバー類の上方に重ねて配置されることが多い。コラムホイール式の場合は、コラムホイール自体に追加カム形状を設け、停止・リセット・帰零・再起動を協調させる。カム式(シャトルカム)でも実装は可能だが、操作感や調整の難度はコラムホイール式と異なる傾向があるとされる。
04効果と限界
フライバックは計時精度を向上させる機構ではなく、操作の手数を減らすための機構である。航空機の航法や連続するラップ計測のように、短い区間を間隔なく続けて測りたい場面で本領を発揮する。
歴史
01航空機時代の要請
20世紀初頭、航空機の発達は腕時計に新しい要求を突きつけた。短い航路を区切って通過時刻を測り、燃料計算や目視目標の確認を行うパイロットにとって、計測の合間に発生する数秒の操作時間は無視できない誤差となった。停止・リセット・再起動の3動作を1動作で済ませる機構の必要性は、こうした実務的な要請から生まれている。
02ロンジンの先行と1936年特許
スイスのロンジンでは、1929年に販売された自社製キャリバー13.33Zのフライバック付き個体が、2020年にSJX Watchesに寄稿された調査で紹介されている。特許出願の6年前にあたり、試験的な実装とみられている。同社は1935年6月12日にスイス特許を出願し、1936年3月31日に Brevet 183262 として登録された(公開は同年6月16日)。特許図面に描かれたのはバルジュー22GHを改良した機構で、1936年に登場した自社製キャリバー13ZNがフライバックの量産を担った。
03軍用パイロットウォッチの黄金期
第二次世界大戦後、フライバックはフランス軍のパイロット用クロノグラフの要件となった。1952年、フランス空軍の航空技術局(STAé)はパイロット用クロノグラフの選定手続きを示し、フライバック機能を求めた。この仕様は「Type 20」と呼ばれ、ブレゲのほかドダンヌ、オーリコスト、ヴィクサが納入した。ムーブメントは供給元によって異なり、ブレゲはバルジュー22にフライバックを加えたキャリバー222を用いた。ブレゲは同じ時計を民生向けにも販売し、空軍に納めた1,100本は Type 20、海軍航空隊向けや民生品は Type XX と表記された。
04現代の到達点
1999年、A.ランゲ&ゾーネがダトグラフ(Cal. L951.1)を発表した。コラムホイール、瞬時送りの分積算計、フライバック機能を一つの自社製手巻きキャリバーに組み合わせたモデルである。なお、フライバックと瞬時送りの分積算計の組み合わせには、1929年のロンジン13.33Zという先例がある。現代のフライバック・キャリバーの例としては、IWC Cal. 89361、ゼニス エル・プリメロ Cal. 405B、パテック フィリップ Cal. CH 28-520 C FUS、ブレゲ Cal. 728/7281 などがある。
代表的な実装
ロンジン キャリバー13ZN(1936年)は、フライバックを量産化したコラムホイール式のキャリバーである。1938年に同社が特許を得たマッシュルーム形状の防水プッシャーと組み合わされ、航空用のクロノグラフに用いられた。
ブレゲ タイプXX(Type XX)は、1950年代にフランス空軍向けに納入された Type 20 の民生版に始まる。当初はバルジュー222を搭載していた。2023年には、4年をかけて開発した自社製の自動巻きキャリバー728(タイプXX)と7281(タイプ20)を載せた新世代が登場した。いずれもコラムホイールと垂直クラッチを備え、毎時36,000振動で動く。
A.ランゲ&ゾーネ ダトグラフ(Cal. L951.1、1999年)は、フライバックに瞬時送り(ジャンピング)の分積算計を組み合わせた実装である。
ゼニスは1997年、フランス空軍向けの仕様をもとにレインボー・フライバックを製作した。その流れを汲むエル・プリメロ・ストラトス・フライバックのキャリバー405Bは、コラムホイール式で、毎時36,000振動(5Hz)を保ったままフライバックを備える。
IWC の自社製キャリバー89361は、ペラトン式自動巻きと68時間のパワーリザーブを備えたフライバック・クロノグラフで、時と分の積算計を12時位置に同軸で配する。パイロット・ウォッチ・クロノグラフ・トップガン(IW389001ほか)などに搭載されている。
パテック フィリップ カラトラバ・パイロット・トラベルタイム・クロノグラフ(Ref. 5924G、2023年)は、Cal. CH 28-520 C FUSを搭載し、フライバック・クロノグラフをトラベルタイム機構と組み合わせている。
この機構を搭載する 11 本のモデル
出典
本文の執筆にあたって参照した資料。閲覧日は内容を確認した日を示す。
- 01 公式 DATOGRAPH – 25 years of chronograph history
- 02 専門メディア When Longines patented the Flyback: a 90-year legacy
- 03 専門メディア Introducing The Patek Philippe Calatrava Pilot Travel Time Chronograph 5924G
- 04 専門メディア Complete Guide To Type 20 Pilot’s Watch Chronographs - Reprise - Quill & Pad
- 05 専門メディア Auricoste Revives the Military-Issue Type 20 Flyback Chronograph | SJX Watches
- 06 専門メディア IWC Introduces the Pilot’s Watch Chronograph “Blue Angels” | SJX Watches
- 07 専門メディア Insight: The Breguet Cal. 728 of the Type XX Chronograph | SJX Watches
- 08 専門メディア Rewriting History – Discovering the Earliest Flyback Chronograph Wristwatch | SJX Watches
- 09 専門メディア The Ultimate Guide to Breguet's Type XX Pilot's Watches - Swisswatches Magazine
- 10 専門メディア El Primero Stratos Flyback Rainbow | Worldtempus
- 11 専門メディア Type XX: A Strong Comeback | Worldtempus