クォーツの逆風に抗して
1981年、ジャン=クロード・ビバーとジャック・ピゲは、休眠状態にあったブランパンの名称権を取得した。ジャック・ピゲはヴァレ・ド・ジューのル・ブラッシュに拠点を置くムーブメント製造会社フレデリック・ピゲを率いており、二人は機械式時計の復権という一点に賭けた。クォーツが業界を席巻し、複雑機構が市場から姿を消しつつあった時代である。
最初の回答は1983年に示された。コンプリートカレンダー・ムーンフェイズである。26mmのCal. 6395と34mmのCal. 6595を擁し、曜日と月を独立した窓に、日付を専用の針で示し、6時位置に月相を配した。とりわけCal. 6395は、当時として最小のコンプリートカレンダー・ムーンフェイズのプレートと伝わる。丸型ケース、二段に重ねたベゼル、ローマンインデックス、抑制された文字盤——のちにヴィルレと呼ばれる意匠コードが、ここで出そろった。