El Primero 9004
2017年、時計用とクロノグラフ用に脱進機を分け、機械式で1/100秒を刻むゼニスのエル・プリメロ
エル・プリメロ9004は、2017年にゼニスがデファイ・エル・プリメロ21で発表した自動巻クロノグラフ・キャリバーである。時計用とクロノグラフ用に独立した二系統の調速機構を備える点が最大の特徴で、時計側は毎時36,000振動 (5Hz)、クロノグラフ側は毎時360,000振動 (50Hz) で駆動する。中央の計測針は1秒で一回転し、機械式での1/100秒計測を実現する。両系統のヒゲゼンマイにはカーボン・マトリックス・カーボンナノチューブ製の複合材を採用する。石数は53石、時計側のパワーリザーブは約50時間、クロノグラフ側は約50分とされる。現行のデファイ系に広く搭載される基幹ムーブメントである。
| Maker | Zenith |
|---|---|
| Reference | El Primero 9004 |
| Type | Automatic |
| Display | Analog |
| Frequency | 36,000 bph (5 Hz) |
| Jewels | 53 石 |
| Power reserve | 50 h |
| Movement ⌀ | 32.8 mm |
| Hands | Hours, Minutes, Small Seconds |
| Chronograph | Chronograph |
| Additional | Chronometer, Power Reserve Indicator |
系譜と歴史
1. 1/100秒という壁
エル・プリメロは1969年の登場以来、毎時36,000振動 (5Hz) という高い振動数を武器に、自動巻クロノグラフの精度を牽引してきた。だがその計測分解能は1/10秒にとどまる。針が1秒間に進む距離が、それ以上の細分化を許さなかったからである。
機械式で1/100秒を計測するには、計測針を1秒で一回転させねばならない。単一の調速機構でこれを担えば、振動数を50Hzまで引き上げる必要が生じ、時計本体の駆動には過大な負荷となる。前世代までのエル・プリメロが越えられなかったのは、この物理的な制約であった。
2. 高周波研究という土壌
解決の糸口は、ゼニスの外にあった。親会社LVMHの研究部門では機械式による高速計測の技術が蓄積されており、その成果はまず姉妹ブランドのタグ・ホイヤーで結実する。2011年のカレラ・マイクログラフは、時計用とクロノグラフ用に脱進機を分離し、機械式で1/100秒を計測した先駆例とされる。
エル・プリメロ9004は、この思想を継ぐ形で開発された。当時タグ・ホイヤーとゼニスの双方を率いたジャン-クロード・ビバーのもと、両ブランドおよびユブロの技術者が関わったと伝わる。設計を主導したのは、マイクログラフを手がけたギー・セモンである。ゼニスは本機を新規設計の自社製と位置づけるが、文字盤レイアウトはマイクログラフと共通する。
3. デュアルレギュレーターという回答
9004の構造は、時計とクロノグラフに独立した香箱・輪列・脱進機を与える「ダブルチェーン構造」にある。時計側は伝統的な5Hzを保ち、クロノグラフ側のみを50Hzで駆動させることで、高周波の負荷を本体から切り離した。
この設計は、もはや1969年のエル・プリメロの単純な延長線上にはない。基本構造はタグ・ホイヤーのデュアルレギュレーター系に近く、「これはまだエル・プリメロなのか」という問いを専門家に投げかけた。それでも5Hzの伝統を時計側に残した点に、ゼニスがこの名を継いだ理由が見える。後継の9020では、二つの調速機構それぞれにトゥールビヨンを組み込み、構造はさらに複雑化している。
技術解説
デュアルレギュレーター構造
9004の核心は、時計とクロノグラフを物理的に分離した二系統構造にある。それぞれが独立した香箱、輪列、そして脱進機(エネルギーを一定間隔で解放する調速機構)を持つ。時計側は毎時36,000振動 (5Hz)、クロノグラフ側は毎時360,000振動 (50Hz) で動作する。両者が干渉しないため、クロノグラフを作動させても本体側の精度は乱れない。
この二系統は、既存のムーブメントに計測モジュールを後付けしたものではない。設計の段階から一体で組み上げられた統合構造であり、クロノグラフ機構が基板の内部に組み込まれている点に、9004の機構的な完成度がうかがえる。
時計側のパワーリザーブは約50時間で、ローターによる自動巻と手巻の双方に対応する。一方クロノグラフ側の香箱は独立しており、リューズからの手巻で巻き上げる。50Hzという振動数は消費が激しく、満巻でも稼働は約50分にとどまる。このため文字盤12時位置には、クロノグラフ専用のパワーリザーブ表示が設けられている。
1/100秒の表示と高速脱進機
クロノグラフを作動させると、中央の計測針が1秒で文字盤を一周する。フランジには0から100の目盛が刻まれ、針の停止位置がそのまま1/100秒を示す。一般的なクロノグラフ針が1分で一周するのに対し、9004の針は60倍の速さで回る。この視覚効果を、ゼニスは「ダイナミック・シグネチャー」と呼ぶ。
50Hzの脱進機は、通常の機械式時計のおよそ10倍の頻度でエネルギーを解放する。高速で往復するテンプ(時間の基準を刻む回転振動体)を支えるため、設計には高い精度が求められる。
カーボン製ヒゲゼンマイと耐磁性
両系統のヒゲゼンマイには、カーボン・マトリックス・カーボンナノチューブ複合材が用いられる。金属製のヒゲゼンマイと異なり、この素材は磁気の影響を受けにくく、軽量で温度変化にも強いとされる。シリコンとも異なるカーボン基の独自素材である点が、9004の素材面での特色といえる。
仕上げ面では、スケルトナイズされたブリッジと星形ローターが、現代的な造形で構成される。石数は53石。ムーブメント径は32.8mm、厚さは7.9mmである。
認定とハック機能
初出のデファイ・エル・プリメロ21は、COSCクロノメーター認定を受けている。後年のデファイ・エクストリーム系の一部や、ダブルトゥールビヨン仕様には、ジュネーブの試験機関タイムラボによる認定を受けた個体も存在する。なお従来のエル・プリメロにはなかったハック機能(秒針停止)が加わり、正確な時刻合わせが可能となった点も、9004で更新された実用上の改良である。