03 — EDITORIAL
系譜と歴史
Genealogy & history
1. 1969年、高振動という野心
ゼニスの経営陣が自動巻クロノグラフの構想を立てたのは1962年で、1965年の創業100周年に発表することを目指していた。研究開発は1963年にレ・ポン=ド=マルテルの工房で始まり、ラウル・ペラトンが率いた。仕様は野心的で、コラムホイールを持つ一体型のクロノグラフに、ボールベアリングで支えた中央ローターの自動巻を組み合わせ、50時間を超えるパワーリザーブと薄い厚みを求めた。1966年に21歯のガンギ車を持つ脱進機が登場して4Hzや5Hzの高振動が可能になり、高振動で油が飛び散る問題は、特別に開発された乾式の潤滑剤で解決された。
1969年1月10日、ゼニスはCal. 3019 PHCを発表した。毎時36,000振動、1/10秒の計測、12時間と30分の積算計、50時間のパワーリザーブ、日付を、厚さ6.5mm・282部品の機械に収めていた。数週間後には、ブライトリング、ハミルトン=ビューレン、デュボア・デプラ、ホイヤー=レオニダスによるCal. 11クロノマチックが登場し、同じ年にはセイコーもCal. 6139を発表しており、自動巻クロノグラフの「最初」をめぐっては諸説が残る。
2. 沈黙を越えた再生
1971年、ゼニスは米国シカゴのゼニス・ラジオに買収された。米国の経営陣は機械式の将来を見限り、1975年に機械式ムーブメントの生産を止め、翌1976年には製造用のプレスや工具を目方で売る決定を下した。これに抗ったのが、工房の責任者シャルル・ベルモである。彼は命令に背いて、図面と工具を密かに保管した。1978年にゼニスはスイスの実業家の手に戻り、1984年に機械式部品の生産を再開する。1987年までに耐震装置などの改良を施した版が、マルテル社から受け継いだ分類を離れてCal. 400と名付けられた。
3. 産業を支えた基幹機
復活の後押しとなったのが、エベルとロレックスである。エベルは未完成のエル・プリメロを見つけて自社のクロノグラフに使い、ロレックスは1984年にゼニスと10年の契約を結んだ。1988年に登場した自動巻のデイトナRef.16520は、約200か所に手を加えたCal. 4030を積み、この関係は2000年まで続いた。1999年にLVMH傘下へ入った後、Cal. 400はブルガリ、タグ・ホイヤー、ユブロなどグループ内の時計に使われ、それ以前にはパネライのOP IVやOP VIの基にもなった。ゼニスでは、1969年の原型に最も近い機械として38mmのクロノマスターやエル・プリメロ・リバイバルに使われてきたが、2021年には38mmのクロノマスターがCal. 3600を積む新モデルへ代わっている。
05 — MECHANISM
技術解説
Technical breakdown
エル・プリメロ400の設計思想は、ただ一点、高振動に集約される。テンプ(調速を担う振り子状の回転体)は毎時36,000振動 (5Hz) で振れ、これは多くの自動巻が採る毎時28,800振動 (4Hz) を上回る。1秒間に10回の振動は、クロノグラフ秒針が1/10秒単位の位置で停止することを可能にし、高い振動数ゆえに姿勢差などの外乱も生じにくい。
機構の核心は、クロノグラフを時計本体へ統合した一体設計にある。別体モジュールの追加ではなく、輪列(歯車の列)の段階からクロノグラフを織り込む。始動・停止・帰零の制御は、歯車式のカムではなくコラムホイールが担う。円柱の側面に歯を立てた制御車で、操作感の滑らかさと作動の精緻さに寄与する部品である。動力の伝達には、歯車どうしが水平に噛み合う水平クラッチを採用する。積算計は30分と12時間で、日付を備える。
寸法は直径30mm、厚さ6.6mmと、一体型の自動巻クロノグラフとしては薄型に収まり、構成部品は278点、石数は31石を数える。1969年のCal. 3019 PHCの名に含まれる「30」は、この直径に由来する。調速には特殊な機構ではなく、スイス式のレバー脱進機を用いる。古典的な構成を高い振動数で破綻なく成立させた点にこそ、本機の技量が宿る。Monochromeは、2019年のA384リバイバルに載ったCal. 400について、1969年の機械に比べて製造公差を詰めたことで信頼性と精度を高めつつ、構造はきわめて近いままだと説明している。
高振動は精度に資する一方、エネルギー消費が大きいという代償を伴う。香箱(ゼンマイを収める部品)から約50時間のパワーリザーブを確保するため、輪列効率と潤滑が要となった。毎時36,000振動ではテンプの振動で通常の油がヒゲゼンマイやテンプに飛び散るおそれがあり、開発時には特別な乾式の潤滑剤が用意された。自動巻はボールベアリングで支えた中央ローターによる両方向巻き上げである。2025年のデファイ・クロノグラフUSMについて、Monochromeはパワーリザーブを55時間と記しており、近年の版では値が改められている。同機では日付が4時半位置に置かれ、ローターにはゼニスの星を透かし彫りにしている。
ロレックスが1988年のデイトナRef.16520のためにこの機械を改めたCal. 4030では、約200か所に手が入った。日付機構を外し、テンプをグリュシデュール製に替え、緩急針をロレックスのマイクロステラに置き換えて、振動数を毎時28,800振動へ下げた。平ヒゲはブレゲひげに替わり、潤滑は従来の油に戻され、ローターとコラムホイールも設計し直されている。高振動を前提とする原設計の性格が、改修の範囲の広さからもうかがえる。
世代の進化に目を向ければ、2019年のCal. 3600は同じ5Hzとコラムホイール・水平クラッチを保ちながら、生産性を重視して部品を整理し、パワーリザーブを60時間へ延ばした後継の基幹機である。Cal. 400は、その源流に最も近い構成を保つ存在といえる。