トゥールビヨン
回転キャリッジで姿勢誤差を平均化する、1801年にブレゲが特許を取得した精度向上機構
- INVENTOR
- アブラアン=ルイ・ブレゲ
- YEAR
- 1801
- CLASS
- 調速・精度 · 精度向上
- 搭載モデル
- 14 本
概要
仕組み・原理
01機構の基本原理
トゥールビヨンは、機械式時計の調速機構であるテンプ、ヒゲゼンマイ、脱進機を一つの可動キャリッジ(籠、ケージ)に収め、これを一定速度で回転させる仕組みである。多くの場合、回転速度は60秒で1回転に設定される。
懐中時計はベストやポケットの中で、常にほぼ同じ垂直姿勢で携帯される。この状態では、重力がテンプとヒゲゼンマイに対して特定の方向から作用し続け、振動の対称性が崩れる。結果として、ある姿勢では進み、別の姿勢では遅れるという「姿勢差(ポジション誤差)」が生じる。トゥールビヨンは、キャリッジを回転させることで調速機構を全ての垂直姿勢に均等にさらし、姿勢差を時間平均で打ち消す。
ここで重要なのは、トゥールビヨンが重力そのものを打ち消すわけではないという点である。あくまで姿勢差を平均化する機構であり、特許文書でブレゲ自身も「テンプとゼンマイの不均衡を補償する」装置と述べている。
02キャリッジの構造
キャリッジは通常、アンクル、ガンギ車を含む脱進機構と、テンプおよびヒゲゼンマイを支える支持構造から成る。これらが一体となって、第4輪(または専用の駆動歯車)から動力を受け取り、回転する。
古典的なトゥールビヨンでは、キャリッジの両端を支える上下のブリッジを持つ。これに対して1920年にアルフレート・ヘルヴィッヒが考案したフライング・トゥールビヨンは、上ブリッジを排し、片持ちで支える構造を採る。視覚的な開放感に加え、キャリッジの軽量化にも寄与する。
03数値的な設計値
標準的な60秒・1回転のトゥールビヨンの場合、振動数28,800vph(4Hz)では、1分間に240往復のテンプ振動が発生する間、キャリッジは1回転する。回転速度は設計次第で、たとえばオメガが1947年に製作したCal.30 Iは7.5分で1回転する。
04効果と限界
懐中時計においては、トゥールビヨンの精度向上効果は観測上の有意差として現れることが多く、19世紀から20世紀前半の天文台コンクールでも入賞例が多い。
一方、腕時計の場合は装着姿勢が頻繁に変化するため、トゥールビヨンによる平均化の効果は懐中時計ほど明確ではないと指摘されている。現代の腕時計では、トゥールビヨンを精度向上手段としてよりも、機械式時計の最も難しい工芸の到達点を象徴する技術的・装飾的な複雑機構として位置づける見方が主流となっている。
歴史
01ブレゲによる発明
アブラアン=ルイ・ブレゲは1801年6月26日(共和暦9年メシドール7日)、フランス内務大臣から10年間有効の特許を取得した。
特許書類でブレゲは、姿勢差を打ち消すこの新型レギュレーターを「Tourbillon(渦巻き)」と命名している。実用化には時間を要し、2点の試作機を経て、最初のトゥールビヨンが販売されたのは1805年であった。ブレゲが没する1823年までに販売されたトゥールビヨンは35点にとどまる。
0219世紀から20世紀前半
ブレゲの発明は時計師たちの想像力を刺激し、19世紀を通じて多くの派生が試みられた。1892年にはデンマーク出身のバーン・ボニクセンがイギリスで「カルーセル」を発表する。これはトゥールビヨンと類似するが、キャリッジの駆動経路が異なる別系統の機構として位置づけられる。
1920年、ザクセン州グラスヒュッテのドイツ時計学校で教えていたアルフレート・ヘルヴィッヒは、キャリッジの上ブリッジを排した「フライング・トゥールビヨン」を完成させる。これにより、上方から見ると籠が宙に浮いているような視覚効果が生まれ、20世紀後半以降の腕時計トゥールビヨン設計に大きな影響を与えた。
03腕時計への展開
1947年にはオメガが、天文台コンクールの腕時計部門向けに直径30mmのトゥールビヨンムーブメント、キャリバー30 Iを12点製作した。うち7点は1987年に再生されてケースに収められ、1947年当時にケースに収められた試作品も1点確認されている。
シリーズ生産された自動巻きトゥールビヨン腕時計が登場するのは、1986年のオーデマ・ピゲ Cal.2870(Ref. 25643)を待つことになる。チタン製キャリッジは直径7.2mm、約0.123gと軽く、時計全体の厚さ4.8mmという当時の記録的な薄さを実現した。
0421世紀の派生
21世紀に入ると、トゥールビヨンの派生はさらに多様化する。2003年から2004年にかけて、トマス・プレッシャー、フランク・ミュラー、ジャガー・ルクルト、グルーベル・フォルセイがそれぞれ多軸トゥールビヨンを発表。中でもグルーベル・フォルセイのダブル・トゥールビヨン30°は、内側キャリッジを30度傾斜させ、二重の回転で姿勢差をより広い範囲にわたって平均化する設計を採る。シリコン部品の導入や、ペリフェラルローター搭載の超薄型自動巻きトゥールビヨンなど、素材と機構の両面で更新が続いている。
代表的な実装
ブレゲ:発明の継承者
現代のブレゲは、1801年特許の正統な継承者として、クラシック・コレクションでトゥールビヨンを継続的に展開している。
オーデマ・ピゲ Cal.2870 (1986)
オーデマ・ピゲが1986年に発表したCal.2870は、シリーズ生産された世界初の自動巻きトゥールビヨン腕時計として記録される。Ref. 25643は時計全体の厚さが4.8mmで、当時最も薄い量産トゥールビヨン腕時計であった。チタン製キャリッジは直径7.2mm、高さ2.5mm、約0.123gで、トゥールビヨンにチタンを用いた最初の例とされる。1986年から1992年にかけて401点が販売された。
グルーベル・フォルセイ ダブル・トゥールビヨン30°
2004年、ロベール・グルーベルとステファン・フォルセイが独立ブランドを立ち上げて最初に発表した機構。内側キャリッジを30°傾斜させ60秒で、外側キャリッジを4分で回転させることで、二重の平均化を実現する。
ジャガー・ルクルト ジャイロトゥールビヨン・シリーズ
2004年のジャイロトゥールビヨン1から始まる多軸トゥールビヨン系譜は、2026年のジャイロトゥールビヨン・ア・ストラトスフェールに至るまで六世代を数える。三軸回転構造により、三次元空間のほぼ全ての姿勢を網羅する設計思想を採る。
この機構を搭載する 14 本のモデル
出典
本文の執筆にあたって参照した資料。閲覧日は内容を確認した日を示す。
- 01 公式 Patent granted for a completely new type of regulator called the "Tourbillon"
- 02 専門メディア Historical Perspectives: オーデマ ピゲと超薄型自動巻きトゥールビヨンキャリバー2870について
- 03 専門メディア Hands On: Jaeger-LeCoultre Gyrotourbillon à Stratosphère
- 04 専門メディア The Tourbillon, history of a watchmaking feat | Time and Watches
- 05 専門メディア Audemars Piguet: In Search of an Aesthetic Tourbillon
- 06 オークション Omega "Tourbillon 30 I" | The Hong Kong Watch Auction: XVIII