777A
2006年に芽吹いたシリコン調速を核とし、海軍時計師の系譜を継ぐブレゲ自社製の自動巻き
Cal. 777Aは、ブレゲが自社で手がける自動巻きキャリバーである。毎時28,800振動 (4Hz)、26石、パワーリザーブは55時間で、時・分・センターセコンドに日付表示を備える。調速・脱進系にシリコンを採り入れ、シリコン製のフラットヒゲと、シリコン製ホーンをもつ直線レバー脱進機を組み合わせる点に最大の特徴がある。2006年にクラシック5177へ搭載された自社製777系を母体とし、2018年、舵輪を象ったスケルトンローターをもつマリーン5517向けの仕立てとして登場した。海軍時計師にさかのぼるブレゲの主題を、機構の細部にまで宿した一機である。
| Maker | Breguet |
|---|---|
| Reference | 777A |
| Type | Automatic |
| Display | Analog |
| Frequency | 28,800 bph (4 Hz) |
| Jewels | 26 石 |
| Power reserve | 55 h |
| Movement ⌀ | 27.1 mm |
| Hands | Hours, Minutes, Seconds |
| Date | Date |
系譜と歴史
1. 「海軍時計師」の名を継ぐ
ブレゲとマリーンという主題の結びつきは、創業者アブラアン-ルイ・ブレゲ(1747-1823)その人にさかのぼる。彼は1815年にフランス海軍の御用時計師(Horloger de la Marine)に任命され、航海に不可欠な高精度のマリンクロノメーターを手がけた。現代のマリーン・コレクションは1990年に始まり、2005年により実用的でスポーティな性格へと舵を切る。そして2017年、トゥールビヨンと永久カレンダーを備えたマリーン・エカトゥール・マルシャント5887が意匠の刷新を告げ、翌2018年、その造形を受け継ぐ三針デイトの基幹モデルとして5517が発表された。Cal. 777Aは、この5517のために用意された自動巻きキャリバーである。
2. シリコンへの先行
777系の物語は、ブレゲがシリコンという素材に踏み込んだ2006年に始まる。同年、ブレゲはCal. 777Qをクラシック5177に、Cal. 591Aをクラシック5197に搭載した。この2機は、ブレゲが初めてシリコン部品を採り入れたキャリバーとして知られる。591Aがレマニアにさかのぼるベースをもつのに対し、777Qは新規に設計されたキャリバーとされ、より入念な構造と55時間という長めのパワーリザーブをもつ点で性格を異にする。2000年代半ば、シリコン製ヒゲゼンマイは時計業界の先端的な主題であり、複数の大手がその実用化を競っていた。ブレゲは、それを早くから量産キャリバーに採り入れたメーカーの一つとなった。
3. 海へ送り出された777
Cal. 777Aは、この777系をマリーン5517向けに仕立てたバリエーションである。基本構成――28,800振動 (4Hz)、26石、55時間、シリコン製ヒゲと脱進機ホーン――をクラシック用の777Qと共有しつつ、巻き上げローターを舵輪(船の操舵輪)を象ったスケルトン仕様とし、ブリッジには船の甲板を思わせる手彫り装飾を施す。クラシックがドレスウォッチの静謐を志向するのに対し、マリーンは100m防水 (10気圧)のケースに収め、海事の意匠を機構の隅々まで行き渡らせた。同じ世代の三針自動巻きでありながら、搭載するコレクションの性格に応じて意匠と仕上げを描き分ける――777Qと777Aの関係は、一つの機械的基盤を異なる物語へ翻案するブレゲの手法をよく示している。
技術解説
Cal. 777Aは、毎時28,800振動 (4Hz)で時を刻む自動巻きキャリバーである。径は15リーニュ、構成部品は179点、石数は26石。時・分・センターセコンド(中央の秒針)に日付表示を備える、いわゆる三針デイトの構成をとる。4Hzとは1秒間にテンプ(振り子の役を担う回転式の調速輪)が8回振れる速度で、外乱への復元力と日差の安定を両立させる、現代の実用機における標準的な選択である。
このキャリバーの核心は、調速・脱進系へのシリコンの導入にある。テンプの振動を司るヒゲゼンマイ(渦巻き状の細いばね)はシリコン製のフラットヒゲで、ブレゲ製のテンプと組み合わされる。シリコンは非磁性であり、磁界の中でも特性が乱れにくい。鉄系合金のヒゲのように帯磁して精度を崩すことがなく、表面に形成する酸化膜の厚みを調えることで、温度変化による弾性の揺らぎも抑えられる。脱進機(テンプにエネルギーを断続的に送り、輪列の回転を制御する機構)には、シリコン製のホーンを備えた直線レバー脱進機が採られる。アンクル(脱進機のレバー)の爪先にシリコンを用いることで接触面の摩擦が抑えられ、その部分への注油を要しない脱進が成り立つ。シリコン部品は微細なエッチング加工で成形され、金属の機械切削では到達しにくい寸法精度と形状の自由度を得る。
自動巻機構は中央ローター式で、サファイアクリスタルのケースバックから18Kゴールドの巻き上げローターが見える。マリーン5517では、このローターが舵輪を象った意匠にスケルトン加工され、海事の主題を機構そのものに織り込む。香箱(主ぜんまいを収める円筒)から供給される動力は、フル巻き上げののちおよそ55時間持続する。4Hzという比較的高い振動数を保ちつつこの長さを確保している点に、輪列効率と香箱設計の練り込みがうかがえる。
仕上げは、自社一貫生産を掲げるブレゲらしく各所に及ぶ。ブリッジ(地板上の部品を支える受け)には、船の甲板の板張りを思わせる手彫りのコートドジュネーブ(平行な筋目装飾)が引かれ、稜線には面取りが、地にはサーキュラーグレイン(同心円状の細かな研磨)が見られる。文字盤側のみならずムーブメントにも個別のシリアルナンバーとブレゲの署名が刻まれ、18世紀以来の登録制度に連なる個体識別を支える。秒針の先端がアルファベットの「B」を象るのは、海事信号旗の「Bravo」とブレゲの頭文字を重ねた細部である。
なお、本キャリバーは外部のクロノメーター認定を前面に掲げる仕様ではない。精度の担保を認定の取得より、シリコン調速機そのものの物性に委ねる設計とみられる。