505SR1
2015年に登場し、トラディションに自動巻とレトログラード秒針を与えた、ブレゲのシリコン脱進機キャリバー
Cal. 505SR1は、ブレゲが自社で開発・製造する自動巻きキャリバーである。2015年、トラディション コレクションの40mmモデル「トラディション オートマティック スゴンド レトログラード 7097」への初搭載で登場した。19世紀初頭のブレゲ懐中時計に着想を得て、地板の上に輪列や脱進機を露出させる逆構造を採る。毎時21,600振動 (3Hz)、38石、パワーリザーブは50時間。直進式レバー脱進機のアンクルにシリコンを用い、ヒゲゼンマイもシリコン製とする。時、分、レトログラード秒針を表示し、ブレゲの永久巻時計に由来する中央ローターで巻き上げる。
| Maker | Breguet |
|---|---|
| Reference | 505SR1 |
| Type | Automatic |
| Display | Analog |
| Frequency | 21,600 bph (3 Hz) |
| Jewels | 38 石 |
| Power reserve | 50 h |
| Movement ⌀ | 32.7 mm |
| Hands | Hours, Minutes, Small Seconds |
系譜と歴史
1. スーシュリプションの建築を腕へ
トラディションは、2005年に手巻きモデル7027で発表されたコレクションである。最大の特徴は、通常は文字盤の下に隠れる輪列や脱進機、香箱を地板の上に引き上げ、左右対称に配した逆構造にある。この発想の源泉は、創業者アブラアン・ルイ・ブレゲが18世紀末に手がけたスーシュリプション(予約販売方式)の懐中時計にさかのぼる。スーシュリプション時計は代金の一部を前金として受け、残額を引き渡し時に支払う方式で売られた、簡潔で視認性の高い一本針の時計であった。中央に単一の香箱を据えたその機構美を、ブレゲは21世紀の腕時計へ翻案した。Cal. 505SR1は、この建築様式を土台に組み立てられている。
2. 自動巻とレトログラード秒針
手巻きで始まったトラディションに自動巻をもたらしたのが、505系キャリバーである。Cal. 505SR1を初搭載した40mmの7097は、2015年に登場した。巻き上げを担う中央ローターは、ブレゲが18世紀に手がけた自動巻懐中時計「ペルペチュエル」の重錘形状を模した三日月状で、360度回転する現代的なローターとして機能する。秒針は扇形の軌道を一気に戻るレトログラード式とした。505系には参照番号や素材に応じて505SR、505SR1といった枝番が用いられ、7035や7038など38mm級のモデルにも展開されている。
3. シリコンという選択
Cal. 505SR1のもう一つの核は、脱進機とヒゲゼンマイに採用されたシリコンである。ブレゲはシリコン部品の実用化に早くから取り組んだメーカーの一つであり、2000年代以降、複数のメーカーがそれぞれの設計思想のもとでこの素材を追求してきた。歴史あるブランドが最新素材へ踏み込んだ点に、伝統と革新を併せ持つトラディションの姿勢が表れている。一方でテンプの軸を衝撃から守るのは、A.-L.ブレゲ自身が考案したパラシュート機構の系譜を継ぐ装置である。19世紀の耐衝撃機構と現代の素材が、一つのキャリバーの上で共存している。
技術解説
文字盤側に開かれた構造
Cal. 505SR1のサイズは14½リーニュ、直径にしておよそ32.7mmである。最大の設計上の特徴は、本来なら文字盤の下に隠れる輪列や脱進機を地板の上、すなわち文字盤側へ引き上げて配置した点にある。段差をつけた橋(ブリッジ)が階段状に重なり、中央には単一の香箱が据えられる。これはスーシュリプション懐中時計の構成を踏襲したもので、左右対称の構図が成立する。扇形を描くレトログラード秒針の目盛りはムーブメント表面に直接刻まれる。総部品数はおよそ234から239点、使用石数は38石である。
脱進機とテンプ
調速機構には直進式(インライン)レバー脱進機を採用し、これを文字盤側へ反転配置する。そのアンクルのツメ石にはシリコンが用いられている。シリコンは非磁性で、磁場のなかでも特性が変わらず、ナノ単位の精密な形状加工に向く。加えて表面が滑らかなため、脱進機の接触面で潤滑油を必要としない利点を持つ。テンプはフリースプラング方式である。緩急針で実効長を変えるのではなく、テンプ環上の錘の位置で慣性モーメントを調整して歩度を決める構造で、外乱に強い。ヒゲゼンマイにはシリコン製のブレゲひげ(終端を中心側へ持ち上げた重ね巻き)を組み合わせ、巻き・解けの同心性を高めている。振動数は毎時21,600振動 (3Hz)、すなわち1秒あたり6振動である。4Hz級より低いこの振動数は、輪列のトルク消費を抑え、長めのパワーリザーブの確保に寄与する。歩度の調整は6姿勢で行われる。テンプの軸を衝撃から守る耐衝撃装置(パラシュート系)も組み込まれている。
自動巻機構
巻き上げは中央ローターによる全回転式で、ローターは360度回転して双方向の動きを動力に変える。重錘はブレゲの自動巻懐中時計ペルペチュエルに由来する三日月形で、参照番号により金やプラチナなど素材が異なる。動力源は単一の香箱で、ここからパワーリザーブ50時間を引き出す。フルローター式の自動巻でありながら、構造の大半を文字盤側で見せる構成を成立させている。香箱の容量に低めの振動数が相まって、この持続時間を生んでいる。
仕上げ
地板やブリッジには、ピーニングと呼ばれる細かな打痕による梨地仕上げや、ブレゲゴールドの鍍金、ロジウム鍍金が参照番号ごとに施される。金属の表情を一段沈ませた地に、面取りの研磨が対比をつくる。香箱の蓋やローターにはギヨシェ彫りが入り、ネジは焼き戻しによって青く着色される。サファイアクリスタルの裏蓋を通して、これらの仕上げと中央ローターの動きを鑑賞できる。