03 — EDITORIAL
系譜と歴史
Genealogy & history
トラディションが受け継ぐもの
トラディションは、2005年に登場したブレゲのコレクションである。輪列や受けを文字盤側に露出させる構成は、創業者アブラアン=ルイ・ブレゲが18世紀末に手がけた「スースクリプション(予約)」懐中時計の、中央に大きな香箱を置いた左右対称の機械を下敷きにしている。Cal. 569を収めるフュゼ・トゥールビヨン7047は、2010年にプラチナのモデルとしてこの系譜へ加わった。2012年のバーゼルワールドではローズゴールドの7047BRが加わり、イエローゴールドとプラチナに続く金種となった。2022年には、受けをロジウムめっきとし、トゥールビヨンのキャリッジとチェーンを青く焼いたプラチナと青の版(7047PT/1Y/9ZU)が登場している。
トゥールビヨンは、1801年6月26日にアブラアン=ルイ・ブレゲが特許を取得した調速機構であり、ブレゲにとっては出自そのものである。7047は、この発明に、もう一つの古典的な精度技術であるフュゼ・チェーン定力機構を重ねた。いずれも18世紀から19世紀の精密時計が抱えた課題への回答であり、両者を現代の腕時計で同居させた構成といえる。
シリコンとチタンによる再構築
Cal. 569の技術的な中心は、古典機構を現代素材で組み直した点にある。ブレゲは2006年に、シリコン製のヒゲゼンマイと脱進機を備えた最初の時計を発表した。平らなシリコンのヒゲゼンマイを数年使った結果を踏まえ、次の段階として取り組んだのが、終端を立体的に持ち上げたブレゲ巻上げのシリコン化であり、7047はその最初の搭載例となった。複雑な形状のため、業界でも難しい成果とされた。テンプにはチタンを用い、4本の金製の調整ネジを備える。
ブレゲは発表時、大型のトゥールビヨンに関わる特許の出願として、チタン製テンプに関するもの1件とシリコン製のブレゲひげに関するもの3件を挙げ、さらに香箱の上に直接設けたパワーリザーブ表示で特許を得たと説明した。2012年の発表資料も、この時計の技術が4件の特許で守られているとしている。
定力機構をめぐる設計思想
フュゼ・チェーン定力機構は、もともと航海用クロノメーターや懐中時計で用いられた古い技術である。腕時計への小型化は、1994年にA.ランゲ&ゾーネがトゥールビヨン「プール・ル・メリット」で先に実現した。Cal. 569はその技術を、トゥールビヨンと併置するという文脈で用いた。
両者の構成は、表現の方向性が異なる。ランゲがフュゼ・チェーンを文字盤の裏側へ収めケースバックから覗かせるのに対し、ブレゲはトラディションの設計言語に従い、フュゼ・チェーンとトゥールビヨンを文字盤側に開いて見せる。巻き上げ中も動力を途切れさせない仕組みも異なり、ランゲが差動歯車による方式を好むのに対し、7047は古典的な補助動力の装置を使う。
04 — MECHANISM
技術解説
Technical breakdown
Cal. 569の機構は、トルクの均一化と調速の安定という二つの主題に集約される。香箱から脱進機へ向かう順に各要素を見る。
香箱とフュゼ・チェーン
動力源である香箱のゼンマイは、満巻時に強く、解けるにつれ弱くなる。このトルク変動は精度のばらつきを生む。フュゼ・チェーンは、香箱と円錐形のフュゼを極小のチェーンで結び、この変動を相殺する定力機構である。満巻時、チェーンはフュゼの細い側に掛かり、強いトルクを小さなてこ比で受け止める。ゼンマイが解けるにつれチェーンは太い側へ移り、てこ比を増して弱まったトルクを補う。結果として、巻き上げの状態にかかわらず輪列へ伝わる力がほぼ一定に保たれる。
フュゼ・チェーンには、巻きすぎてチェーンを傷めることと、ほどけきってチェーンがたるむことを防ぐ止め装置が要る。SJXによれば、7047はフュゼの根元に小さなマルタ十字を置き、フュゼが回るたびに爪がこれを1歩ずつ送って、一定の回転数でフュゼを止める。同じ回転数で巻き戻し側も止まり、双方向に働く仕組みとみられる。
トゥールビヨン
脱進機とテンプは、1分で1回転する大型のトゥールビヨンのキャリッジに収められる。キャリッジの上側の受けはチタン製で、軽量化により回転に要するエネルギーを抑えている。トゥールビヨンは、姿勢差で生じる重力の影響を回転によって平均化する調速機構であり、もともとは懐中時計の縦置き姿勢を想定した技術である。Cal. 569では、このキャリッジを文字盤の1時位置に大きく開いて配置する。
脱進機とテンプ
脱進機は、アンクルの角(ホーン)をシリコン製とした反転直進式のレバー脱進機である。シリコンは非磁性で摩耗や腐食に強く、精度の安定に寄与する。調速を担うテンプはチタン製で、リムに備えた4本の金製のネジで調整する。ヒゲゼンマイはシリコン製のブレゲ巻上げで、下側と上側のゼンマイを小さな板でつないだ3部品構成となっている。終端を持ち上げた立体形状は、ゼンマイの同心円状の伸縮を促し、姿勢差の低減に働く。
振動数とパワーリザーブ
振動数は毎時18,000振動 (2.5Hz)である。毎時28,800振動 (4Hz)を主流とする現代の機械と比べれば遅い部類に入るが、トゥールビヨンとフュゼ・チェーンという負荷の大きい機構を抱えながら長い駆動時間を確保するための設定といえる。パワーリザーブは50時間とされ、残量は香箱のドラム上に直接設けた表示で示す。なお2026年の限定版について、SJXは55時間と記している。
仕上げ
初期のモデルでは、地板と受けにプラチナ系の金属による濃灰色(アンスラサイト)の被膜を施し、ロジウム処理の輪列やチタンのキャリッジと対比させた。2022年のプラチナと青の版は受けをロジウムめっきとし、スースクリプション時計に倣った指状の受けと槌目の表面で、トラディションらしい構造美を見せる。